第3話 戦場へ

 配属されたそこは、激戦区だった。

 魔法の銃弾が飛び交い、掘った塹壕には毒ガスを撒き合う。島人たちも桑を手に取り戦っていた。

 魔導歩兵と呼ばれているが、俺たちは特別でも何でもない。むしろ、戦場においては数による攻撃を推奨する者たちだ。やることといえば、更なる援軍を待つための時間稼ぎ。なのに、上はあわよくば、敵の無力化をせよという。

 そこに、島人たちの安否は考慮されない。他者のことを考えていては、こちらが死ぬ。


 戦場に来た途端、彼女は真っ先に敵を殺した。喜怒哀楽もない、機械のような動作だった。

 魔法が攻撃の主流な今、俺たちは基本三人から五人一組の行動を取る。魔法を効率的に使うための必要人数だからだ。

 俺と彼女、そして坊主頭の同期がチームだった。もう一人先輩がいたが、敵兵の魔法弾によって死んだ。


 戦場に出た者は、三通りに分かれるという。

 進んで敵を倒す者。

 殺した実感のない者。

 人を殺せない者。


 俺は、三つ目の人間だった。いざ敵兵を目の前に魔法陣を展開した時、迷ってしまう。その穴を埋めるように彼女が魔法を打った。坊主頭の同期からは「しっかりしろ」と叱咤されたし、彼女からも冷ややかな視線を受けた。

 けれど、できなかった。する余裕がなかった。

 己の負けを悟った時、敵は吠えるのではなく絶望する。その顔が、その目に映る自分と重なって、途端に動けなくなる。仲間が死んだと聞かされても、俺は魔法を上手く使えなかった。当時は本当に必死だった。けれど、俺は、完全に彼女や同期に甘えていた。


 だからだろうか。

 きちんと敵を殺さない俺にバチが当たったのだろうか。


 俺は、目の前で同期を失った。


 昼間のほんの一時。俺たちは食料補給と魔道具の点検をしていた。

 魔法の発射音は、聞こえなかった。あまりのストレスに、無意識に耳が音を遮断していたのだろう。

 何か気を紛らわそうと顔を上げた目の前で、坊主頭の同期の首が飛んだ。

 遺言も、何も聞けなかった。彼も、まさかここで死ぬとは思っていなかったのだろう。魔道具を手入れしていた体が、支えを失ったように崩れ落ちた。


 声が引くつく。

 直ぐに彼女が応戦し、敵は殺された。敵は、俺が前に見逃してしまった奴だった。


 俺は混乱する体をどうにか動かして、首のない同期を心臓マッサージする。曲がった首からドクドクと液体が流れる。死んでない死んでない死んでない、と、呪文のように繰り返す。冷や汗か涙かわからないものが頬を伝った。


「何、してんだよ…!」


 頭に強い衝撃が加わり、俺は地面に吹き飛んだ。力無く開いた口から血が流れた。

 胸ぐらを掴まれ、無理やり目を合わせられる。殺意の籠った怒りの目に、息を呑んだ。


「いい加減にしろよ。人を殺さないなら、せめて足腰を打って動きを鈍らせろ。…なんで、死んだやつの蘇生しようとしてんだよ。だったら、今生きてる人間のために動け。お前、家族を守りたくないの? 敵を攻撃しない、役に立たない、お前がやってることは、ただの足手纏いなんだよ。

 役に立たないなら、今ここで腹切って死ね」


 慟哭に似た怒号だった。涙を流しはしない彼女に、俺は目を逸らす。


「…ごめん」

「だったら敵を殺せよ。攻撃しろよ。人を打たずに偽善者のつもりか? お前、大切な人いねえの?」

「いる」


 母親と、長男である兄と、小さな従姉妹たち。今は、親戚の家に疎開している。

 特に従姉妹たちは、出来の悪い俺を「にいちゃん」と慕ってくれた。兄貴も、お袋も、戦争に行く俺の心配ばかりしていた。

 俺は、家族を守らなければならない。そう言い聞かせて、必死に「死にたくない」の六文字を飲み込み続けてきた。俺だって、ここに来るまでは、家族のためなら平気で人を殺せると信じてきたさ。

 けど、それは敵も同じだったんだ。

 皆、人なんか殺したくないし、死にたくなかったんだよ。


 彼女は、尚も怒鳴りつける。


「世の中、綺麗事だけじゃ、道徳だけじゃどうにもならないことが山ほどある! その最たる例がここだ! 死に損ないのお前や俺が今生きられるのは、亡くなった仲間たちの死体の上にいるからだ!! それを、無かったように振る舞うんじゃねえよ!!!」

「違う。俺は、ただ動けなくて」

「『動けなかった』を言い訳にできるような場所じゃねえんだよ!! 俺たちは弱い。弱いから動くしかない! 弱いから仲間が大勢死んだ! せめてお前が動いていれば、何かが変わったかも知れねえだろ!? それを『ただ動けなくて』なんて理由で済ませるな!!!」


 泥を被ったぐちゃぐちゃの髪が、木漏れ日を反射する。化粧代わりの迷彩は汗で溶けかけ、服も砂と血に塗れている姿は、とても淑女には見えない。

 まるで、泣いているようだった。

 泣きたい衝動を、理性で押し殺しているみたいだった。

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