第2話 彼女の事情
教官の評価は正しかった。
彼女は、訓練兵である俺たちと同じ特訓をこなし、同じ飯を食い、同じような生活をした。厳しい規則に、理不尽な教官の叱咤、風呂など入れはしない。普通の女子なら泣いて飛び出すだろう。
「やり遂げなければな」
しかし、彼女は笑っていた。真剣な目で、その先を見据えるように。
何故、女子が男子寮に配属されたのか。疑問はあっさりと解消された。
そもそも、男子兵に対して兵士寮の数は少ない。ここから通信兵(女子兵)用の学校までは遠いし、女子一人のために寮を建設する資金などない。そのため、今回男子の中に女子が混ざるという、型破りの案が採用されたらしい。
就寝前、すっかり彼女に恐れをなした俺たちに向かって、本人が涼しげに語っていた。
「俺は情報を捌く器用さはない代わりに、魔法や武器の扱いには自信があった。だから、ここに配属されたんだろう」
「辛くないのか?」
つい、口に出ていた。彼女は即答した。
「それはお前らも同じだろう? 辛くないといえば嘘になるが、生憎、俺は性別ならではの幸せなんぞに興味はない」
「けどさ!」
同期の一人が、立ち上がって彼女を見、目を逸らした。坊主頭のソイツは、俺たちの中で兄貴のような存在だった。
「いや、なんでもない」
この時、ソイツを除いた俺たち(彼女も入っている)の間に、衝撃が走った。
お前、まさか彼女に恋を…?
なんて趣味が悪い。彼女を恋人にするくらいなら、ゴリラを嫁にしたほうがマシだろうに。
思考が読まれたのか彼女の眼光が向いたので、慌ててそっぽを向いた。
俺たち魔道歩兵が配属される戦場が決まったのは、それから1ヶ月後のことだった。
自国と敵国の、真西に位置する島。自国が所有している一次資源の宝庫。あの島の魔鉱石は、数多の魔法陣や魔道具に持続性を付与している。
戦争が始まる前から、領土問題で揉めていたらしいが、先日襲撃されたらしい。それによって均衡が崩れ、たちまち戦場と化したようだ。
「おい、大丈夫か!?」
坊主頭の同期が、彼女の肩を揺さぶる。彼女は唇を噛み締めた。
「その島は、私の故郷だ」
初めて溢された本来の一人称が、彼女の動揺を物語っていた。
もうすぐ集合時間だと、他の同期が捲し立てる。俺は取り敢えず彼女の頭をぶっ叩いて正気に戻し、背中を押した。
「早く行こう。後で話聞くからな」
「…ああ。すまんな。だが後で覚えておけ」
「怖」
「自業自得だろ」
肩を竦める坊主頭の同期に、適当に笑う。彼女も笑おうとしていたが、口端が痙攣するだけだった。
就寝時間の前になると、彼女はいつもの笑みを取り戻していた。
「これから俺たちが行く戦場は、俺が生まれ育った島だ。俺は、そこにいる家族を守るために兵士になった」
静かな語り口だった。
「俺の父は、先の戦争で戦死した。俺に残されたのは、病気がちな母と、十歳になる妹が二人。
皆で疎開をしようにも、病人である母の疎開は困難で、親戚中に頭を下げて回ったが、結局、母はその間に亡くなった。
俺たち島人は、人権とは別に、国から魔鉱石採集の命を授かっている。誰かが、魔鉱石の採集をしなければならない。
妹たちは、島に残った。
けれど、いつか島が戦場になることは、俺たちの共通認識。俺は妹たちを守るために、兵士になることにした。
俺は魔法を扱う技量に長けていたし、体力も武力も人並みにあった。加えて、俺は島人で島の地理に詳しい。兵士となっても、すぐに島の防衛に回されるだろうと思った。
予想通り、俺は故郷に配属される」
彼女は不安を隠せないしたり顔で微笑む。その瞳に宿る、重い決意を垣間見た気がした。
戦争中の世の中、父親が生きているほうが稀だ。俺たちの誰もが、次兄や父、祖父、叔父、従兄弟、誰かの死を経験している。
人を進んで殺したい奴はこの寮にはいないけれど、殺さなければ家族を守れないのは、常識だった。
お国のためなんて絵空事。
本当は皆、家族のために戦っている。
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