青天の霹靂

@d-van69

晴天の霹靂

「斉藤君」

 たまたま立ち寄ったコンビニで、名前を呼ばれ振り向くと、見覚えのある女が立っていた。確か、サトミって名前だったか。俺より二つ年上で、10年以上も前に付き合っていた女だ。俺がまだ20代で、小さな劇団の舞台に立っていた頃の話だ。

「ああ、久しぶり」

「あなた、最近益々ご活躍ね。もう日本を代表する役者じゃない。ハリウッド進出も計画してるんですって?」

「まあ、ね……」

「立派になったわね」

「うん。ありがとう……」

 笑顔を浮かべて応じるものの、俺は少々戸惑っていた。サトミは当時俺が所属していた劇団のファンだった。舞台終わり、たまたま飲み屋で隣の席になり、それがきっかけで付き合うようになった。美人だが精神的に不安定な女で、なにか気に障るようなことが起きるとすぐにうつ状態に陥り、死にたいと言っては俺を困らせた。当時は看護士をしていたが、よくそんな状態で勤まるものだと思った記憶がある。そんな彼女はある日、突然泣き出したかと思うと、理由も言わずに俺の前から姿を消した。以来、連絡は途絶えたままだった。

「えっと……。君は?今も看護士?」

「ううん。去年辞めちゃった」

「へぇ」

 最近まで仕事を続けられていたことへの驚きを隠しつつ、

「じゃあ今は?仕事、なにやってるの?」

「何も。無職よ」

 あっけらかんと答えた彼女は「あ、そうそう」と胸の前でポンと手を合わせた。

「おめでとう。斉藤君、結婚するんでしょ。相手はモデルだって?」

「おお。いろいろ詳しいな」

「ネットニュースにもなってるからね」

「ちなみに君は?仕事辞めたのって、もしかして結婚のためとか?」

「違うわよ。まだまだ独身よ。あ、気にしないでね。そもそも私って結婚願望はないから」

「そうだっけ?」

「そうよ。でも子供だけは欲しかったの。若い頃からずっとね」

「ああ。そういえば好きだったもんな。子供が」

「うん。ただ女手一つで子育てするのって大変じゃない。だから経済力がついてから子供を作ろうって決めていたの」

 そこでサトミは「実は……」と上目遣いに俺を見る。

「私、妊娠してるんだ」

「え?おめでとう。でも、今は無職だろ。大丈夫?」

「心配ないわ。若い頃からちゃんと計画してたもの」

「計画?」

「そう。初めて男と付き合ったときから全部保管してあったのよ」

「保管?って、なにを?」

「もちろん精子に決まってるじゃない。コンドームに残ったやつをね、相手が寝てる間にちゃんと冷凍保存してあったの。だいたい50人分くらいかな。そのなかで、一番経済的に成功したのが、斉藤君、あなたなのよ」

「は?それってどういう意味……」

 戸惑う俺に、サトミは満面の笑みを浮かべて見せた。

「おめでとう。あなたがパパよ」

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