第44話 呪いの正体5






「今度ゆっくり話を聞かせてくれ、よかったらセナード嬢も」

 そう言って去っていったサンジェルと名乗った男性は、ディオの上司に当たる人らしく、とても人柄の良い優しげな人だった。


 慌ただしく捜査される聖堂の中、ゆっくりと話す時間は限られていて、挨拶程度しか交わすことはできなかったが、この聖堂に起こっていた事件や私たちに起こったことは多少伏せられてはいたが説明された。


 その後、騎士達は引き上げていき、静かな聖堂に私とディオだけが残された。



 聖堂の中に窓から日が差し込み始める。

 夜が明けたようだった。



 疲れたように、私の隣にディオがどかりと腰を下ろした。

 石でできたベンチは、クッションも何もないので案の定ディオは「いてて」と声をあげる。


 司祭様に殴られたって何も言わなかったのに、打ちつけたお尻が痛いなんて、とても不思議だ。



「魔法、使えたね」

「そう、ね。初めてうまくいったの。なんという魔法なのかはわからなかったんだけど……」


 ふふ、と笑ったディオはほんの少しだけ寂しそうに笑って聖女様の像を見上げた。

 黒いままの横顔は血がこべりついていたが、もう乾いてしまって髪に絡みついている。


 血がへばりついた髪で、聖女の像を見上げる表情はわからない。



「僕の体に呪いをかけた魔物は、元は聖女だったんだ」


 なんでもないように告白された内容に、つい「え」っと声をあげてしまう。


「そんなことありえるの?人間が魔物に変わるだなんて……」


「普通はないさ。そこで僕の兄上が出てくるってわけ」


「……司祭様……」


「そ。そもそも聖女って、はるか昔に現れた自然発生する神様みたいな力を持つ人間なわけなんだけど、条件があるんだ」


「条件?」


 ディオが、思い出すように手を広げ、私の目の前で親指を曲げる。続いて人差し指。


「ひとつ、そのものは壮大な力を持ち奇跡を起こす。ふたつ、それは元々秘めたる力である」


「? 聖堂の聖女様達はその条件を満たしてるでしょ?」


 私が首を傾げると、ディオは小さく首を振った。違うとでもいうのだろうか。


「全然。彼女達ができるのは精々傷の治療を素早くできる事くらいのものだろう。それにさっきの聖女、シェリーも言っていただろう。力を失ったって」


「確かに言ってたけど……」


 それでも私たちには魔力の量というものが決まっている。

 体から消滅することがないように、体内に蓄積できる量や引き出せる量は限界がある。

 それをコントロールする、という訓練を学校で積むのだが、そうでなかったとしても魔力が消え去るというのは聞いたことがなかった。


「そこで、これ」


 ディオが懐から出したのが、一冊の真っ白な本だった。

 背表紙も何も書かれてはいないし、表紙にも何もない。

 埃や汚れが少しばかり白を汚してしまっているが、それだけだ。中身はなんなのかわからない。



「禁書ってやつさ」


 はい、とまるでチラシでも配るかの気安さで手渡されたが、多分触ってもダメなやつではないのか。つい「え」とだけ返事をするのが精一杯で、体が固まった。


 ヘラっとわらったディオは「大丈夫だって黙っとけば。あ、破らないでね、写しだけどもうこれしかないんだ」なんて怖いことを言った。


 しかし禁書なんてものは、前世の世界のファンタジー小説でしか聞いたことのない物だったので、ミーハー心に逆らえず、そっとページをめくった。


 湧き上がる探究心と冒険ゴコロには逆らえない。こればかりは、この世界で私を産んだ両親の血を感じた。


 ぱらりと開いたページには聖女という言葉がポツンポツンと表記されている。

 

「これって……」


 そこには、聖女の魔力に関する研究が書かれていた。


 条件と、魔力の生成方法。

 目を引いたのは、【同等の力を生み出す方法】


「そう、それが今回の事件の発端だ」


 パッと顔を上げると、ディオが頷きそう言った。


「禁書を手に入れたか内容を知ってた我が兄上が、掻き集めた女達にそれをしたんだ」


「! そんな……」


「聖女になれるとたぶらかしたんだろう」


 もう一度、禁書の一文に目を通す。そこには、聖女と同等の力をえる方法として、魔力を無理矢理放出させる方法が書かれていた。


 奴隷に似た主従関係を結び、リミッターを破壊する。その反動はもちろん凄まじい。

 一方にのみ負担がかかる支配的で乱暴な方法だ。聖女と謳うほどの力だ。全ての力を使い切り、力と感情がマイナスに触れた時に、魔物に変化するという事態が起こったのかもしれない。

 禁書が存在すると言うことは、はるか昔に試みられた方法なのだろう。


 確かに、私にとっても、この国の人にとっても「聖女」という存在は希望で、ありがたい存在だった。居てくれるだけでなんとかなる。安心する。頼り切っている固定概念がそこにはあったように思う。当たり前すぎて、こんな事が起こっているだなんて考えもしなかった。


『たすけて』


 魔物になってしまった聖女様から聞こえてきた言葉が胸を締め付ける。

 私たちの頼り切った期待と願望が、道具のように扱った人達への絶望が聖女様を魔物に変えてしまったのかもしれない。


 全ては想像でしかないが。



「先日、『魔女』を討伐に行った時に、奴隷として売られる予定だった子供が同じ場所にいた。その子によれば、一緒に居た女性が突然魔物に変わったと証言したよ。兄上は力を失った聖女と言うことをブランドにして高額で他国に売って資金を得ていたようだ。まぁ、これから兄上がやってた事が次々に暴かれるだろう。そこで理由もはっきりするよ」


 

 そう言って、ディオは禁書を受け取ると懐にしまい込み、立ち上がった。


 どこか疲れたような顔をしている。

 当たり前だ。

 自分の兄が人間の命を弄んでいたことや、人身売買に手を出していたこと。

 彼と司祭様のやり取りから、司祭様がディオに対して大きな憎しみがあるような言い回し。

 

 どれも、全てが彼を疲れさせている原因なのだろう。


 いつものように、「毒をお願い」と言わない背中を見つめる。

 

 その手を取って、私の魔法が必要か、なんて言う勇気はない。

 振り解かれたら、そう思うと胸にチクリと痛みが走った。


 この感情は。


 わからないほど子供ではない自分と、勇気を出せない子供な自分に少し嫌になる。こんな時に自分の感情の話なんて。

 そう思うと、胸がズシリと重くなった。



 聖堂を出れば、眩しい朝日が私たちを照らしている。



 この日から、聖女様と、『魔女』という魔物は姿を消した。


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