第45話 ハローワールド



 今日も今日とて、私は日がな一日魔具堂で暇を潰している。

 商売しろよ、そう思ったことだろう。

 しかしそうしたくとも、私は今、ここに座っていることしかできないのだ。


 現状、この魔具堂には今マント1枚、魔具1つも置いてはいないからだ。






 なぜそんな事になったのかと言うと、時間はぐるりと巻き戻り、数日前。


 それはメグと一緒にやってきたメグの父親の告白が原因だ。

 この時、もちろん護衛としてジャスティンも一緒だった。


 この時初めて知ったのだが、メグとジャスティンは私とディオの事をとても心配してくれて、騎士の人達から任せるように言われて待機となり、その後報告のみ受けたものの、気が気ではなかったそうだ。


 顔を合わせた瞬間に2人ともホッとした表情をしていた。



 余談ではあるが、なぜメグとジャスティンがいつもセットなのかというと、別に付き合っているとか婚約者とかいう色っぽい理由なんかではなく、今はメグの護衛として長期雇われているのであと半年は契約中らしいと教えてもらった。至って真面目に「金だ」と答えたジャスティンに歪みなかった。

 そうだよな。

 そういう奴だよお前は。


 

 ぷんぷんと頬を膨らませ、ショコラブラウンの髪を靡かせたメグが腕を掴み連れてきたのは彼女の父親のドナ・マルンだった。


 どこかスライムのようなでっぷりとした体格に、メグによく似たショコラブラウンの髪がちょこんと頭に乗っている。

 申し訳なさそうに眉を下げて頭を深々と下げた。


「司祭様に言われるがまま、従ってしまった。あの時、保護の為と言われ、道で倒れたあなたを聖堂まで運んだのは私なのです……。疑いもせず……罪を償う前に直接謝罪をと思い……本当に申し訳なかった」


「知らなかった人に謝らせるほど私は鬼じゃないですよ。ほら、私は無事でしたし」


 怖い思いをしたとはいえ、実際は私の危機管理能力の問題だと思う。

 ここは安全な日本ではない。

 いくらでも安全を確保する方法はあったはずなのだ。

 全てが全て他人のせいではない。


 不注意に開いた扉の先にいたのが司祭様でありディオのお兄さんだった、と言う事。

 これは一旦聖堂に連れて行かれたことは私にとっては不幸中の幸いだったわけだ。


 別の人攫いだったら私はまず助かっていない。


 そうなってしまうと、今頃『別の国で目が覚めたら奴隷になっていたようですが力強く生きていこうと思います!』なんて言う、薄い本のような展開満載のストーリーが待っていそうな話の幕開けである。18禁待ったなし。生きていける気がしない。


 読者だったら楽しめたかもしれない内容ではあるが、いかんせん自分に降りかかってくると思うと勘弁願いたい内容である。


 ヘラヘラと笑って許す私よりも、大変なのはメグのようだ。

「お姉様が許してもわたくしが許しませんわ! お父様のおっしゃることは信用なりませんもの!」

 と、烈火の如く怒り狂ったメグは、この部屋のもの全てを買い占めて行ったのである。父親のお金で。


 メグがここまで腹を立てている理由は、彼女の父親が脅されたとはいえ、怪我をしたディオを聖堂まで運んだ後で、性懲りも無く私を同じように聖堂に連れて行った事だった。



「そんな事をした後でよくもまぁそんな理由が通じるとお思いなのかしら。ディオは殺すつもりでお姉様は殺さないとでもお思いなの?」


「い、いや、司祭様が率いておられる聖女様に見せられるものかと思ったんだよ。そんなまさか、聖堂に連れて行くというのに兄弟殺しが起こるなど誰が思う……! その後に倒れたお嬢さんをお救いになられる為に聖堂へお連れするよう言われればそのように思うだろう……!」


「そんなものは知りませんわ! 事実殺人まがいの事が起こっておりましてよ!」

「そ……! そうだが……」


 土下座でもさせそうな雰囲気に、急いで「いいから」と帰ってもらったところだ。



 ゆえに、現在このセナード魔具堂は品切れ状態なのである。何もない。

あるとすれば、昔私が魔法に失敗して作ってしまった毒の瓶詰めくらいのものである。

 こればかりは需要がない。無念。


 帳簿台の上には週刊誌。

 ペラリとめくれば、聖堂の廃業という文字が書かれている。

 司祭様は引退、聖女様は国が保護する事となった。


 悪事を働いた司祭様がどうなったかには興味はない。


「聖女様は大丈夫なのかな……」

 頭をよぎる、魔物に変わった聖女様の姿。

 全てを公表しないのは、同じ事を考える国民をなくす為なのだろう。理解はできるけれど、なんだかモヤモヤとした。


 そんな中、ガチャリと店の扉が開く音がした。



「あ、すみません! 今何もなくて……え? ディオ?」


 ハッとして顔を上げると、そこにはぐったりとした表情のディオがいた。

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