第42話 呪いの正体3
「ぅぁあぁ、ああ、あぁぁぁ」
「なんだ!? オイジス兄上……!?」
狼狽えるように声を上げ、顔を押さえる司祭様にディオが駆け寄ると、司祭様は顔を上げた。
その顔には、瞳を覆い隠すように黒い液体がベッタリと張り付き、司祭様が閉じていた瞼を開くも、眼球をも黒く染め上げている。目玉の全てが黒く、そこから黒い液が滴り落ちている。
「ああ、どうなってる……! 見えない! 何も見えない……! くそっくそっ! ディオか!? 触るな、私に近寄るなっ……!——ひっっ見えないぃぃ、見えない」
「顔が……、ディオと同じあざが……」
「な……! なんだと女ぁっ! そんな、そんなはずは、そんなはずは無いぃ! 私が化け物と同じ、だと……!そんな馬鹿な事があるかぁ」
司祭様は半狂乱に顔を掻きむしるも、ディオによって両手を抑えられ、傷だらけになった顔がこちらを向いた。しかしその瞳は黒く、何も写してはいない。
自分を押さえつけているのが何なのか、誰なのかもわかっていない。
魔物が聖女様に姿を変えた時に飛び散った黒いものが顔めがけて飛び、それを真正面から受けてしまったのだろう。
ぼんやりと空を見つめていた聖女様が、視界の端に司祭様を捉えると、彼女は一歩、また一歩と様子を伺うようにゆっくり近づいてゆく。
よろめきながらも、ゆっくりと司祭様に近づくと、「司祭様」と声をかけた。
その声は焼けてしまったようにカラカラと乾いたものであったが、司祭様の喚く声に紛れてしまう事なく、凛と聖堂に響いた。
「誰だ、見えない、お前は誰だっ」
「司祭様……」
聖女様の悲しげな声が耳に届く。本当に小さな声だったが、力を分けたせいか、彼女の声は良く聞こえた。
「わたくしは、シェリー、あなたが売った聖女もどきの1人ですわ」
「……シェリー? ……シェ、リ……!これを、この、なんだこれは……早くこれを治せ! いいから治せぇっ」
「いいえ、司祭様。それはできないのですわ」
静かに、小さく聖女様が首を振る。
「な、な、なぜ、なぜだ」
「記憶が途切れ途切れですが、わたくし、売られてからほんの一握りほどの聖女の力があっという間に枯渇し消えてしまったのですわ、司祭様。わたくしを買った方が、紛い物は要らぬと、捨て置いて行かれたのです。そこからの記憶はありませんわ……気がついたらここに」
「は、それは……そんなものはしらん……! 貴様、魔物、魔物め、魔物のくせに、人の言葉を! 人の言葉を使うなどなんと悪どい……! 近寄るなっ近寄るなぁ……!」
あらぬ方向に話しかける司祭様は、狂ったように「知らない近寄るな」と繰り返す。
あまりにも、この場所に不釣り合いな大きな声と恐怖に満ちた叫びに何も言えなくなる。
聖女様は悲しげに、司祭様を見つめるばかりで、それ以上は何も話さず、そっと司祭様の隣に腰を下ろし、胸の前で手を組んだ。祈るようなそのポーズは、どんな思いをそこに乗せているのか、私にはわからない。
けれど、まさにこれこそが聖女の姿のように思えた。
数分か、数秒か。
どれほどの時間が経ったのかはわからないが、バタバタと外が騒がしくなり、聖堂の正面の扉がドンドンドンドンと激しく叩かれた。
驚いて思わずディオのそばへ駆け寄る。
ディオはいまだ司祭様の両腕を拘束しているため、首だけを捻り聖堂の扉を見た。
「ひ」
「なに……?」
司祭様がびくりと肩を跳ねさせ、カタカタと震える。音に大袈裟な程怯えるのは何も見えていないからなのだろう。
「助けが来たかもしれないな」
「助け?誰が……」
「おそらくメグとジャスティンだ。僕とステラがいなくなった事に気がついたんだろう」
まさか、そんな利口には見えなかったのに、なんて失礼なことが頭をよぎる。それを察してか、私がしっかり顔に出していたのか、ディオはクス、と笑った。
「メグはバカだが、友人思いではあるから」
バン、と大きな音と共に開かれた。
「オイジス・プリスト! 貴殿を人身売買の罪で連行する! 捕えろ!!」
「「はい!」」
先陣を切って入ってきた騎士が声を上げた。
それと同時にガチガチと剣がぶつかり合う音と共に何十人もの騎士達が雪崩れ込み、あっという間に司祭様は腕と体に縄をかけられると、騎士達にぐるりと取り囲まれ連れて行かれてしまった。
開かれた扉からはうっすらと日がの光が入り始め、暗い空が水色に染まり始めていた。
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