第41話 呪いの正体2




「おまえ、なぜっ! なぜここに……っ!出荷したはず、ああ、ひぃ!」


 司祭様は、最初は随分と支配的な言い方であったのに、突如怯え始め尻餅をつき、後退りをし始めた。そのうちに灯りの灯った場所にはっきりと聖女様の顔が映し出される。薄汚れたボロ雑巾のような衣類を身にまとい、普段の美しい姿は見る影もない。


 そこに全く正気はなく、口だけがぱくぱくと動き、虚な瞳で床を眺めている。

 耳を澄ますと、何か言葉を発している。


 た…た…す?

 

「なんだよ、口だけ動かして! はっきり言えよ!」


「たすけてたすけてたすけてたた」


「は? 何も聞こえない、聞こえないぞぉ!」


 聞こえないの?

 

 そんなはずはないと耳を傾ける。

 傾けるまでもなく耳に飛び込んでくるのは聖女様の声。

 

 本当に?

 私にははっきりと聞こえるのに……?

 聞こえてくる声に、その異常さにぞわりと鳥肌がたった。

 チラリとディオを見れば、彼には聞こえているようで、こくりと頷いた。


 突如、ギリギリギリと、歯軋りのようなの音が響き、聖女様が頭を掻きむしりだした。


 頭を、顔を抱えて、苦しみ出した瞬間、その青白い手が、自身の頭にメリメリと食い込み、その手が。


 ————メリメリメリィッ!


 一気に引き下ろされた。


「タスケテエエエエエエエエエ」


 聖女様だった者が、金切り声をあげたかと思うと、まるでボロ雑巾を被ったような、口元だけぽっかりと浮き出た化け物の姿がそこに現れた。


 化け物に姿を変えた聖女様は、『タスケテ』と叫ぶと、あっという間に私のそばに来ていた。


 それは誰もが反応できないほどの速度で、たった一度の瞬きの間に目の前にぽっかり開いた口が見えた。


「たすけて」


 コツン、と額に化け物の額がぶつかる。

 頬に触れた布はしっとりと濡れていた。


 ブツン、という音と共に、誰だかわからない人の声が頭に響く。


 脳の裏側に誰かが直接住んでいるような変な感じだ。


 (———たすける……たすける……そう心に強く思いなさい————)


 誰かが私に語りかけているのだろうか?


 そっと私の手に添える何かを感じる。


 頭の中に、何か短い映像のようなものが流れる。ピュンピュンと切り替わる映像の中では、美しい聖女様が見えた。

 目の前の化け物になってしまった聖女様の、美しく、人間である姿——


 人を助けている映像。

 手紙伝達を作る映像。

 人の手を取り、話を聞く映像。

 子供を優しく見守る、姉のような顔をした映像。これは、この世界を生きる、目の前の女性の姿だ———。


 頭の中に、さっきの聖女様の声が蘇る。


「たすけて」


 私にそう言ってるんだ。



 そう思うと、不思議と暖かい力が胸にポカポカと集まり始めた。

 いつもと違う、魔法の力を感じる。


 この聖女様を助けたい。

 強く願えば、強い力が体をめぐるのを感じる。


 目の前の化け物となった彼女に、その顔を両手でそっと包みこむとまた頭に声が響き始める。



(治したい……この世界の、この人を……)



 頭の中に響く声を頼りに、私の力を与えるように、流し込んで温めてあげられるように、彼女をしっかりと見つめる。


 治したい。この人を。この人の人生を。


 そう願えば、どんどんと力が目の前の魔物に注ぎ込まれていく。


 疲れはない。


 助けたいと望めば望むほどに、どんどん力が湧いてくる。


 



「……そんなバカな……!」

 司祭様の声が掠れた響きを持って耳に届く。


「やっぱりだ……! 彼女が、やっぱりそうだった」



 目の前の魔物が、どんどんと黒く染まり、体を覆っていたボロボロの布がドロドロの液体に変わり始める。ぶくぶくと空気が中から出ると、その黒い液がパンと弾けて、黒い泥に包まれていた聖女様が姿を現した。


 泥の中から現れた聖女様は、頬がこけ、疲れた顔をしてはいるが、魔物に変わってしまう直前に見たような虚げで生気のない顔ではなかった。

 薄らと開かれた瞳が、私を映し出す。

 

「あ、わたくし……?」


 そう声をだし、人間としての姿を取り戻した姿を見たら、嬉しくなってぼんやりとする聖女様をぎゅうと抱きしめた。


「よかった……! 助けられた……!」


 ホッとして思わずぺたりと床に座り込んでしまった。

 一気に緊張の糸が切れて、体から力が抜けていく。


 ふと自分の手を見つめるとそこからはまだぽかぽかと光が浮かんでいた。不思議だが、今、私の体に魔力切れや疲れはない。



「ああ、あぁぁぁあ、う、うわぁああっ」



 突如聖女様の背後で大きな声が響いた。

 驚いて声の主を探す。

 声をたどり、視線の行き着いた先にいたのは——。


 床にへばりついた姿で顔を押さえ込んだ司祭様の姿だった。

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