第40話 呪いの正体1


 




 倒れ込んだディオに司祭様が大きく足を踏み込もうとした瞬間、手を置いた扉に向かい思い切り体当たりをした。それはもう無我夢中だったと言ってもいい。


 少し重く感じた扉も、肩から開きにかかれば、そう重みを感じることはない。扉は大きく開き、体が扉にぶつかり、バシンと大きな音を立てる。


 頭に血が登って、目の前がパチパチと光が散る。

 こちらに気がついた司祭様は、信じられないものでも見たかのように目を大きく見開いた。


 気づかれてしまった。

 それもそのはず。当たり前すぎる。なんせ真っ正面かつ大きな音を立てるのも厭わない、いや、むしろわざと音を立てて驚かせて動きを止めようという魂胆だったのだから。

 このまま息を潜めて見ないふりをして逃げ出すこともできたはずだ。その後で助けを呼ぶことだってできる。

 でも、目の前で起こった事を見て見ぬふりなんてできない——!



 助けなくては。


 止めなくては。


 心の中でその気持ちが大きく膨れ上がる。

 膨れ上がって弾けた。


「やめて!」


 勢いに任せて司祭様にぶつかっていく。


「なっ……っぐぅ!」


 不格好で、格好も何もつかないただの体当たりだ。

 しかし、いくら不意を突かれたとはいえ、大きな体の男性を遠くへ突き飛ばすほどの力はなく、多少よろけた程度で、数歩後方に下がっただけに終わった。


 それでも、固い靴底がディオを踏み抜く事は阻止できた。


 はぁはぁ、と息が上がり苦しい。

 

 ディオに駆け寄れば、閉じかけた目が開き、私を捉えた。

 大きく見開いた瞳は揺れ動き、動揺しているように見える。


「どうして、ステラが……」


「それより今は、腕を、はやく!」


 背後で縛られている腕に手を回して、縄を解こうとしたが、焦って手がうまく動かない。


 焦れば焦るほどうまく動かない指に苛立ち、唇を噛む。


 うまくはいかないだろうが、やるしかない。


 手のひらに魔力を集中させ、縄を切るように願う。ボン、と光が弾けると、紫の液体が縄を包み込み、ジュウと音を立てて縄を焼いていく。

 こちらをチラリと見たディオの顔にも私の魔法が散り、あちこちでジュっと皮膚に付着し、皮膚を焼くような音を発した。



「あっ、し、失敗した! ごめん、大丈夫?」


「ふふ、ステラ。——大丈夫、僕にとっては最高だ」



 つい一瞬間前まで司祭様に殴られ、口の中が切れて喋り辛そうだったと言うのに、目の前に迫るニヤニヤと笑むその口元の傷はすっかりなくなっていた。


 ああ、そうだった。

 彼には私の毒は効かないのだった……!

 毒が効くどころか、ディオにとっては回復薬の代わりを果たす事を焦っていたすっかり失念していた———常人は毒を受ければ傷つくものなので、彼だけがイレギュラーなのだ。


 ホッと胸を撫で下ろし、安堵の息をはく。




「貴様ら……っ……おいっ! そこの女、何故意識がある……」


「何故って……えっ私をここに連れてきたのはあなただったの!?」


 ——なんの目的で……?

 何故そんな事を?

 

 ゆらゆらと目を釣り上げ、睨み上げるようにこちらを見る司祭様に、幾つもの疑問が湧き上がる。

 いや、私を見ているわけではない。

 この人は、ディオを睨んでいる。

 司祭様の瞳には、恐ろしいほどの憎悪が見えた。


「は、何故か……そんなものは一つしかあるまい。ディオがコソコソと小さな道具屋に出入りをしては怪我を治している。それだけで十分な理由だ。何をしたか知らないが、私の目的の邪魔になり得る……だから飛ばしてしまおうと思ってな」


「と、ばす……?」


 とばす、飛ばす? 人に対して使う言葉ではないものの、自分に対して使われている異常感に頭が回らない。


「……そうか……兄上が……」

 そうディオが呟き、ぎゅ、と眉をひそめた。

 ディオはわかっているようで、唇を食い縛り唇が白く染まる。


「なに……?」

 わからない。

 わからないのに、嫌な予感だけが胸を騒がせている。


「……ステラ、兄上は、他国にわが国の民を売っていたんだ……!」


「そんな! そんな事、なぜ……!?」


 私の問いに、彼らはこたえない。

 司祭様は、もはや私は見ていない。見えてはいない。


「くく、何も知らないくせに口ばかりだなディオ。あれらは紛い物だ……純粋なこの国の民ではない。だから魔物になってしまう……魔力も弱く、聖女化に耐え切れず力も寿命も失っていく役立たずだ……! ははは、最後くらい金になってもらわなくては困るだろう!」


 そんな。

 人が人を売る?

 信じられない言葉に、息を呑んだ。

 私も売られるところだったんだ……、そう思うと、急に肩が震え出した。もしあのまま目が覚めなければ。そう思うだけで震えが止まらなくなる。


 大声で笑い出し、声を荒げる司祭様は、目をギラギラと血走らせ、唾を撒き散らす。


 はぁはぁ、と息を整えるのに数秒費やすと、落ち着きを取り戻し口を開いた。


「はぁ……腹立たしい……実に腹立たしい。呪いを受けても生き残るだけでは飽き足らず、私の交渉の道具を壊してまわる……腹立たしい事この上ない」


「交渉の、道具……? これから一体何をしようとしているの……?」


 私の口からこぼれ出た言葉は、拾われる事なく消えていった。


 静かな聖堂に、司祭様がゆっくりとこちらへ歩みを寄せる足音とは別に、キィィィ、と蝶番が軋む音がした。


 それは小さな音で、壁の隙間を通った風の音のようにも聞こえた。


 あまりに小さな音だったので、ディオも司祭様も気がついてはいない様子だ。


 なんの音かと視線を巡らせると、パタン、と司祭様の背後で正面の大きな扉が閉じるのが見えた。



 ハッとして司祭様を見れば、その背後にぼんやりとした影がゆらりゆらりと動くのが見えた。



「後ろ!」


「あ?」


 司祭様が振り向くと、そこにはぼんやりと佇み、俯く聖女様の姿があった。


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