第39話 妬みの砂の城




————ドンドンドンドン!



 強く扉を叩きつける大きな音が深夜の街角に響く。

 2つのでこぼこな影が、カラフルな外壁で覆われた店の間にポツンと立つ、質素ではあるが、そこに随分と馴染んだ店、セナード魔具堂の扉の前で大きな音を立てた。


 1人は騎士のような見た目で随分と背が高い青年で、もう1人は小柄なショコラブラウンの髪の少女だ。

 焦ったような様子で、扉を叩いている。

 急いでいるからなのか、呼び出しのベルがあることすら失念している様子だ。

 少女のみならず、青年もまた、顔に焦燥が見られた。


「ステラお姉様、居られませんの……? 店の中は明るいようですのに……」


「……お嬢、鍵が空いてます」


「なんですって? 早く教えなさいジャスティン! お姉様はいります……わ……」



 ショコラブラウンの髪の少女、お嬢と呼ばれた少女、メグ・マルン——メグが両の手を添えてそっと扉を開いた。キィと音を立てて動いた扉の奥からは、明るく光に灯された店内が現れた。

 特段朝と変わらない店内。所々布がかけられて閉店の準備をしていたことが窺われるが、物が荒らされたり、物色された気配はない。


 ジャスティンが、店内に入り、怪訝けげんそうに眉を顰めた。

 扉をじっと見つめ、クン、と匂いを嗅いだ。


「お嬢、扉の近くに魔法反応が」

「なんですって? わたくし鑑定魔法は大得意でしてよ」


 ———鑑定魔法、それは制度は人それぞれ得意不得意によって左右されるが、魔法の痕跡を辿るのに適した魔法である。魔法の痕跡が残っていれば使った人や、使った魔法が割り出せる。


 メグが手をかざせば、ポワンと手のひらから光の玉が現れ、扉にぶつかって消えた。

 しばらくすると、滲み出るように扉に焼き印のような文字が浮かび上がってくる。


「……オイジス・プリスト……、プリスト……この名は」


 メグの言葉に、ジャスティンがこくりと頷いた。


「ああ……ディオの兄、聖堂の司祭様の名前だ。お嬢これは……」


 ジャスティンが続きを話す前に、メグが大きく頷いた。


「わかっておりましてよ」


 メグが手を差し伸ばせば、ジャスティンはそこへ手を伸ばした。


 2人はバシュンという音を残して、セナード魔具堂から姿を消した。






◆◆






 静かな聖堂の中、カツンカツンと靴底が石畳を叩く音がゆっくりと鳴り響く。


 時折、司祭様が羽織っているマントが床を擦る音がする。


 見つかることを恐れているせいか、随分と近くで音が鳴っているように錯覚し、緊張してしまう。

 実際には布擦れのようなささやかな音でも大きく聞こえてしまうし、発せられた声は私に語りかけているように思える。

 私はだんだんと近付いてくる声に、両の手で口を押さえて息を殺した。


 口でようやくできていた息も、向こうに聞こえてしまいそうで、細く細く鼻で息を吸う。目の前で話される内容は、それすら忘れてしまいそうなほど恐ろしい話だった。


 唸るような声と共に、司祭様からため息をつく音が聞こえた。


「正しくは、魔物を作ろうと思ったわけではない」


「……聖女か」


「———ご名答、だな……嫌になるよ……実に嫌になる……ほんとに、なっ」


 突如司祭様が声を荒げた。

 と同時にガン、と床を蹴る音が響き、ディオからくぐもった声が漏れ出た。

 私から見えるのは、祭壇に遮られ、少しばかりはみ出た背中が丸まったことくらいで、何が起こったのかはわからない。

 それでも、ここから微かに見える司祭様の表情は恐ろしいほどに歪んでいる。


「お前が死ねば、この件はこれまでだ。どこにも漏れやしない」


「…く……は……っ兄上……僕を殺したら、捕ま……」


 話が終わる間もなく司祭様の振り上げた手がディオの体にぶつかった。


 バキ、っと音がして、ディオの体が左右に微かに揺れて、そして横たわった。


 腕が背後で縛り上げられているため、勢いよく倒れた体は、地面にぶつかり頭が跳ねた。


 真っ赤なものがピっと床に飛び散る。

 


 ———ダメ、そんな……!


 それが視界に入った途端、いてもたってもいられなくなり、扉に手をかけた。


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