第38話 ぬかるんだ劣等感


 え?


 覗き込んだ扉の隙間から見えたのは、なんと聖堂の中だった。


 訪れる機会そうはない。

 私も手紙伝達を買いにくるのに何度か来た程度。中の構造を覚えているのは、前世の映画やテレビ番組で見た教会に似ていたからだ。


 聖女様の像が立っていて、その前には祭壇、そして石造りのベンチが、聖堂を真っ二つに裂いたように左右に分かれ並んでいる。


 私の位置から見えるのは、遠くに見える一般の人が出入りをする両開きの大きく重厚な扉。

 

 どうやら私が出た場所は聖女様の像のすぐ近くのようだ。

 祭壇がある場所は、石造りのベンチがある場所より一段高くなっているおかげでよく見渡せる。


 覗き込んだ扉の隙間から見えているのは、誰かが祭壇の前に座り込み、体半分しか見えないでいる背中と、その人間に向かい合う形で見下ろす背の高い男。


 聖堂の中はポツポツと壁にかけられた光がポウポウと光っているが、小さな光なので少し薄暗い。


 静まり返った聖堂はオレンジの光で照らされて、影帽子が不気味にゆらめいている。


「……お前は」


 低い声が響く。

 自分に問いかけられたのかと、どきりと息が止まる。

 


「何に気がついた? ディオ」


 「……ディオ?」

 動揺して思わず声が出たが、男がこちらに気がついた様子はない。

 ディオ?

 じゃあこの背中は、ディオと言うこと?

 よくよく眺めてみると、背後に回された手にはロープがかかっており、縛られた黒い手が見える。


 え?

 何故ディオが?


 ディオと呼んだ男をみると、どこかで見たような顔だ。

 一体どこで見たんだろう……。

 手紙伝達を買いに来た時?

 いや、もっと最近……?


「……ふん、オイジス兄上は何が知られるとまずいんだ?」


「兄上などと……腹立たしい。全てだ……、全て。その禁書を読んだのなら、賢いお前には全てわかってしまった事だろう……嫌になるよ。お前はいつだって僕よりも賢い。いつだっていつだっていつだってそうだ………」


 男は苛立たしげにウロウロと忙しなく歩き始める。表情までは見えない。

 

 カツカツと床を叩く靴底の音はオイジス兄上と呼ばれた男の苛立たしさを良く表していた。

 

「……最近出没し始めた新種の魔物、知ってる?僕に呪いをかけた、大きな魔力を持つ自然では発生しないような、そんな魔物を」


「ああ、知っているとも」


「自分が作ったから、か?」


 静かな聖堂に、ディオの声が響く。

 魔物を、作る?

 そんなことは出来はしない。

 人間が何もないところから魔物を生み出すような魔法も技術も存在していない。

 それこそ、禁忌。


 聞いてはいけない話のようで、思わず耳を塞ぎたくなる自分と、続きを知りたがっている自分がいる。

 バクバクと唸る心臓がうるさい。耳元まで心臓が上がってきてしまったようだ。



 突如、「はは……」と乾いた声が漏れ出るのが聞こえる。オイジス、その人の声だ。


「はは、はははははははは」


 愉快そうな声は徐々に大きくなっていく。

 

「オイジス兄上……」


「兄上! 兄上だと!? ……その口で兄上などと呼ぶな! 化け物め! ようやくうまく進んでいたのに……やはり貴様、ディオ。お前はどこまでも邪魔をする……」



 はぁ、と荒げた声が。

 上がった息と共に大きくなった声が。

 徐々に落ち着きを取り戻したオイジスによって囁くような声になっていく。


 足を止め、蝋燭の光が男を照らす。

 釣り上がった眉と目が、声のトーンが下がると共に、穏やかになる。

 細められた瞳は、実に人の良さそうな、そんな顔を作り上げた。

 

 どこかで見たような顔。

 そのはずだ。


 『王都のアイドル』

 そこで聖女と共に手を振っていた、男性の姿がフラッシュバックする。カクカクの写真。限界まで予算を下げて大量に生産された雑誌の見出し。

 


「その通りだよ、ディオ」



 その声は、実に司祭らしい穏やかな声だった。

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