第35話 突然の訪問者2(ディオ視点)

 




 セナード魔具堂を出た後、僕の視線に気がついたメグが「急ぎでしたものね」と小さく頷いた。


 メグは馬鹿だが説明をすればわかる。

 しばらく会っていなかったがそれは幼い頃と変わらず健在のようだ。

 セナード魔具堂の扉に手をかけた時、中の会話が聞こえたが、内容は大人の意地の悪い賭け事のような事だ。王女も歳の割に頭がいいので何かに釣られて協力したのだろう。

 


「わたしくの袖をお掴みになってね」

「はい、お嬢」

「仕方ないな」


 メグの袖に手を添えれば、ギュン、と視界が切り替わる。

 一瞬くらりとしたが、何度か瞬きをすればうまく視界が定まっていく。


 パチリパチリと暖炉の火が燃える音が聞こえ、足元は硬い石畳の道ではなく、随分と柔らかい絨毯の上だった。

 周りを見渡せば、本棚がいくつかある書斎のような場所だ。

 

 メグは綺麗に並んだソファの上に乱雑に魔具堂で購入した魔具を降ろした。ソファの上で跳ねた魔具同士がぶつかり、ガチャンと音を立てる。


「ぐえ」

「あら、ジャスティン大丈夫でして? メイドを呼びます? お水をもらいに食堂に参りましょうか?」


 よろよろと顔を青くしたジャスティンがすまなさそうに頷くが、それすらもしんどそうだ。


「それより……ディオの用事を」


「そうでしたわね、そちらの棚にありますわよ」


 メグがぴっと指差した方を見れば、一冊だけ文字も何もない背表紙の本があった。それがカタン、と動く。メグが目印に魔法をかけたのだろう。


「こんな場所に……警備が薄いが」


「ご安心を。触ると手が弾けましてよ。ああ、今魔法を解いたので触っても大丈夫ですわ。わたくしトラップ魔法は大得意ですのよ。瞬間移動の次に! まぁ、そもそもですが王家の親戚でもない我が家にこんなものがあるとは、誰も思いませんもの」


 本に手をかけ禁書の写しを抜き出す。

 特段なんでもない日記のような本だ。

 誰も触らないのだろう。少しばかり埃がかかっている。灰がかった本を手で払えば、白い本が姿を現した。



「わたくし、ジャスティンを休ませますわね。読んだらきっちり元の場所に戻す事。お忘れなく」


 では少ししたら戻りますから。とジャスティンの丸まった背中をさすりながら、ドアに手をかけて出て行った。

 バタンと扉がしっかりと閉まるのを確認し、本を開く。


「さて……」


 ペラリペラリとページをめくっていく。



 禁止された魔法、禁止になった魔法、持ち出してはいけないリスト、魔法薬物の生成方法、いくつか興味深い記述があるが、これではない。


 ぱらりと次のページをめくると、目当ての記述が目に入ってきた。

 

 『聖女』

そこには遥か昔に現れた聖女に関する記事や物語、情報がぎっしりと書かれていた。



「あった……! これだ……やはりそうだったか……」


 ある一文を見つけると、なるほどと腑に落ちた。やはりそうだった。

 そうとしか考えられない。


 魔女が話し始めたのも。


 聖女たちが消えていく理由。


 聖書の本体が奪われたのは、これのせいか


 ぱらぱら、パチパチパチ。

 紙をめくる音と、暖炉の火が薪を焼く音が静かな部屋を支配する。




 あれ



 僕はこんなに本を覗き込んでいたか?



 手元の本にぬう、と影が差し込み、手元を暗くしている。


 僕の後ろから、大きな影が。



 ハッとして振り向こうとした瞬間、ドン、と脳が揺れ、頭に鋭い痛みが走った。


 ぐらりと揺れる視界と、揺れる体。

 バサリと足元に本が落ちるのが目に入った。

 それに手を伸ばす前に、体の力が抜けていく。

 顔の横を、冷たいものが流れていく。


 消えゆく意識と共に体が倒れ、体が重力に従って地面に叩きつけられる。


 「ぐ……」


 暗くなっていく視界の中、自分のすぐ隣に転がる本が目に入る。


 手を伸ばそうとするも、やはり力が入らず、思ったように動かすことができない。


 そこに、ぬ、っと手が映った。

 本に伸びる、男の手。



「お前は本当に、賢くて嫌いだよ」




 真っ暗になる視界。

 ガンガンと痛み始める頭と、徐々に遠くなる音の中聞こえてきたのは。




 兄の声だった。

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