第34話 突然の訪問者




「ふぅ」


 吐息をついて、本日の売り上げ台帳を確認する。時刻は午後6時。


 このセナード魔具堂に決まった閉店時間は存在しない。「後から来る」と言われれば時間を決めてそれまでは開けて待っているし、出かける予定があれば、店の都合で閉めたりする。

 もちろん、素材の入手や元々予定が決まっていればしっかり告知もしている。多少のお金はかかるが、街の人に配られる新聞のようなものに掲載だってしている。


 この日とこの日は仕入れでおやすみです、というふうにしている。魔具屋はオリジナルの商品以外は私の家の店以外にもあるので、お客様は「じゃああっちの魔具屋へ」というふうになる。それはどこもがそうで、突然素材調達でお休みになる事には慣れっこなのだ。素材がなければ物は作れないのだから。


 今日はもう午後の6時を回ったが、まだセナード魔具堂は開けている。


 この後約束があるからだ。


 結局のところ、チョコ子こと、メグ・マルン嬢の発言の元となる物は、王城で開かれたパーティでの出来事が原因だった。


 彼女は父親の口利きもあり、同年代である王女様の侍女として期間限定で奉仕に出たそうなのだ。『その時に、王女様がおっしゃったのですわ。小さな可愛い魔物が出たのだが、それを護衛が切ったのだと。それが可哀想だった、害はなかったというのですわ。それを聞いてなんと心のお優しいお方なのだと思いましたの......それでわたくしが率先して団体を作りましたの』と、いう流れだった。


 王女のために、と思いすぎた事が彼女の思考を止めてしまっていたようだ。


 その時、ガチャリと扉が開いた。早朝だった時刻は、メグの襲来によりバタバタと時間が過ぎてお昼に迫る時間になっていたのだ。

 そりゃお客さんの1人や2人やってくる。

 開店の札がかかっていなくても、中から漏れる光や声で人がいるのはわかる物だ。


 入ってきたのは、数日姿を見せなかったディオだった。


 メグがディオの風貌に多少驚いたようだが、それよりも会う事自体が嫌だったのか、『ゲ、ディオ様ではありませんか』と声を苦々しげに出した。


 そんな声どこから出しているの?と思うほど、可愛らしい顔から出たとは考え難い重苦しい声に、さすがにメグと初対面の私でも仲が悪い事を察した。

 

『ディオ様は昔パーティでよく会いましたの。お子様の頃のパーティ仲間ですわ』

 驚く私に、メグがコソリと教えてくれた。


 それに対してさして興味なさそうに『腐れ縁だろ』と切り離すような言い方をして、無表情で一瞥だけしていた。


 ディオが言うには、『その言動の奥には王が関わっている。魔具の価格を引き上げて輸出金額を釣り上げ国力を上げたい策があったのだろう』と言う事だった。

 

 まさにその流れがきている最中ではあったが、この国に住む住人が割りを食う事態に進展しかけていたので、ここでストップさせるのが安全かもしれない。


 私の言った事を素直に受け止め、「良かれと思い行動していたが、誰かの迷惑になっていたのですわね」と納得すると、1から勉強すると誓ってくれた。なぜか私の事を「ステラお姉様」と呼び始めた。


 そこでこの『チョコ子劇場』は幕を下ろしたのだった。


 ともあれ、なぜ普段の閉店時間を過ぎても店を開けているかというと、メグへの用事が終わった後、ディオがまたセナード魔具堂に来ると言っていたためだ。


 ディオのメグへの用事。

 それが何かというと、6時間前に遡る事になる。




 ————6時間前





『え?王女様に取り次ぐんですの……?』

『正確には、王族しか閲覧できない禁書の棚にある本を見せてくれるよう交渉して欲しい、だ』

『……禁書……』


 そうだ、とディオは頷く。

 『王家の禁書』

 その言葉が緊張を呼ぶ。


『禁書って、そこには何が書いてある物なの?』


 私が尋ねると、ディオは『聖女についてだよ』と答えた。


『なんですの……! ステラお姉様に色目を使うとは……!』


 メグが、よよよ、と私を守るようにしがみついた。毛虫を見るような目でディオにシッシと手を振り払う。


『ステラは僕の天使だ。メグこそ早く離れろよ』

『なんですって!?』


『で、なぜ禁書が必要なんだ?』

 今まで静かに見守っていたジャスティンがいがみ合う2人の間に入る。


『今僕の関わってる魔物の件で、ちょっとな』


『しかし、確か王城で保管されていた『聖女』に関する禁書は今はなかったはずですの。盗まれてしまったと聞きましたわ』


『……そうか。写しもか? 禁書には盗まれた場合の予備としてどこかに預けるだろう。それは?』


『……よくご存知ですのね……わかりましたわ。早めがよろしくて?』


『今すぐにでも』

『ではついて来てくださいませ。では、ステラお姉様、お邪魔いたしましたわ』


『ステラ、僕またこっちに帰ってくるから夜予定を空けておいてくれるかな?前に話していた『かもしれない』を試してみよう』


 ディオはそう言って私の手を握りにっこりと微笑んだ。


『え』


『僕の都合だけど』


『……わかった』



 ————



 思い出すと、ジャスティンやメグの前でやるにはアレは非常に小っ恥ずかしいやり取りだった。

 今更になって頬が火照る。


 外をチラリと見ると、外はもう真っ暗で、街灯がゆらりと揺れるのが窓越しに見える。


 帳簿にまた目を向けると、十分な金額がここに記載されている。


 去り際に、メグが購入したのだ。

 ジャスティンとディオが店の外に出た時にぴょんと中に戻りさささと選んで帳簿台へ持って来たのだ。


『ご迷惑をおかけいたしましたわ。ですので、こちらの魔具を購入させていただきますわね』


 気を使わせてしまったが、ここで無理に断るのもなんだか悪いのでありがとう、とお礼を伝える。


『……あれ、防犯の魔具?それをこんなに……?』


『今はジャスティンがいるので大丈夫ですけど……最近この国の人間が誘拐されているというのを耳にいたしましたの。ですので念のためですわ』


『そうなのね……』


 そうした会話の後、さらに商品が追加されて合計で90万ゴールドと釣り上がりに釣り上がった金額を購入してくれたのである。


 それを即金でポンと置いていくのだから、ものすごいお金持ちなのだろう。次に来てくれた時はおまけをしようと心に誓う。


 さて。何時にくるのやら。

 明かりをつけたまま鍵を閉めてキッチンへ行こうか。そう迷って、時計に目を向けた瞬間。


 ピンポーン、と店にベルの音が鳴り響いた。

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