第33話 徹頭徹尾とはいかないもので
「えーと……ごめんなさい」
「なんですの? 聞こえてますでしょう! ですから! この店を————」
「だから、ダメです! むりむり」
「な、なんでですのっ小型魔物はあんなに可愛くてひ弱ですのよ。可哀想じゃなくて? それを素材がわりに殺して剥がして……ひー恐ろしいですわ! ねぇジャスティン!」
「わからないです」
「恐ろしいのよ!」
大袈裟に怖がり、わんわん喚き声を上げるチョコお嬢、いやお嬢なんて上等なものじゃない。嬢はもっと賢い。イメージだけど。
チョコ子!
この娘はチョコ子で十分だ。
まるで私が極悪非道な行いを弱者に対して行なっている弱い者いじめの犯人のような扱いに、だんだん苛立ちが募り始める。
前世の記憶がある分私は大人なんだから、と自分に言い聞かすも、ジャスティンに言葉だけではあるもののすがりつきゴリ押しでなんとかできると思い込んでいるこの小娘になぜ配慮せなならんのだという理不尽さも感じてきた。
ピクピクする口端は笑顔を続けるのもしんどいと訴え始めている。
冷静に冷静にと心の中で自分に魔法をかける。
私の魔法がポンコツなので、うまくかかっている気はしないが……。
「スライムにも命があるのですわよ。お話しをしないからと物として扱ってはなりませんのよ!」
冷静に。
「流石にこちらに害を及ぼす場合は致し方ありませんけど……わたくしのお父様も保護していますのよ!たくさん! 多分どこかの野生に返してあげてますのよ! 素晴らしいわよね!」
「......あのね。チョコ子」
冷静に。
ゆっくり深呼吸をして立ち上がる。
私につられたのか、同じように立ち上がったチョコ子はクリクリの大きな瞳を輝かせてズイ、と顔を近づけた。
「ようやくわかってくださったのね! ……って、チョ? ちょこ、こ……?」
「貴女が言ってる事はわかる。私も別に殺したくて殺してるわけじゃないの。遭遇したら襲われるから倒すの。倒してせっかくの素材になるからありがたく使わせてもらってるの!」
「ひぃ」
「小さいからってそればっかり保護してたら生態系が崩れるわ魔物の亜種が産まれるわ、人間にとって脅威が増えるわで大変な事が起こるかもしれないの。小型魔物ばかりが増えすぎるとそいつらが食べるものが減りすぎるの。これってどういうことかわかるかしらチョコ子」
「わ、わわわかりませんわ」
瞳を潤ませて、目を白黒、顔は赤から青へ。
忙しく変わっているが、そんなものは気にしてられない。なんと言っても商売に関わる。
生活にも関わる。
なんならこの国の生存率にも関わる。
今すぐではなく、今後時間をかけてじわじわ関わってくる。
「別の魔物や動物に影響して、最悪影響を受けた魔物が絶滅するのよ、わかるかしら。さらにいうなら、絶滅してしまった魔物から取れる素材が生活に欠かせない物だったら今の生活は維持できなくなるわ!」
「ひっそ、そんな事、わたくし知らなくて」
「知らないんじゃなくて勉強しなさい。押し付けるんじゃなくて、聞きなさい。聞かれればみんな教えてくれるわよ」
「う、ひぅ」
「私は魔具屋だから、魔物の素材を使った道具を売っているわ。貴女がつけているそのピアス」
「あ、これ……お父様にいただいた物よ」
チョコ子は瞳に涙を溜めたまま、促されるままに自身のピアスをそっと撫でた。
耳についたピアスは、上品にキラキラとピアス自身が自ら光っている。
それは間違いなく魔物の素材を使った物だ。
「そう、お父様に。貴女のことをとっても愛しているのね。それは小型魔物の瞳の一部を使ったピアスね。貴女のことを守る魔法がついてる」
「小型魔物……」
チョコ子の瞳が、ショックを受けたように大きく広がっていく。
チョコ子がチラリとジャスティンの方を見ると、ジャスティンはこくりと頷いた。彼は騎士なので、魔物と遭遇し討伐や確保をした事はあるだろう。
私と出会った森でも、彼はしっかりスライムを切り倒していたし、保護活動のせいで増え続けていることに危機感を感じていた。
彼があの時言った責任を感じているとは、この少女のせいかもしれない。
「無闇にアクセサリーのためにたくさん殺すのは、私も反対よ。小型魔物に限らず」
ぐ、っと、悔しそうにチョコ子は顔を歪めた。
それがどんな理由なのかはわからない。
腹を立てているのかもしれない。
「わたくし、なんにも知らなかったのですわ……」
「チョコ子……」
「『ちょここ』とはわたくしの事ですの!?」
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