第32話 作られた夢遊病(ディオ視点)



 日が倒れ、暗闇が広がり始めた道を歩いていく。


 木々が生い茂り、まっすぐ伸びた一本の道を抜けると、大きな聖堂が現れる。


 実に久方ぶりの帰郷ではあるが、驚くほど心は動いていない。

 そもそも絶縁されている身であるので元来近づくものではないのだろうが。


 建物の前で小さな光が浮かぶのが見えた。

 1人の女性が1人佇んでいた。



「ディオ様ではないですか。なんですか?こんなところまで来て」


「君に会いたくて来たわけではない、ジョリーナ殿……いや、いい……聞きたいことがある」


「……なんです?」


 聖堂の門の前、普段は開かれている大きな門は夜間は閉じられている。


 否、今閉じたばかり、と言うのが正しい表現である。

 はぁ、とため息をついたジョリーナは、周囲を見まわした。

 誰も居ないのを確認すると機嫌が悪そうに、持ち歩くための小さな燭台の火を吹き消した。


 あたりが暗闇に包まれる。

 僕が聞きたい話を察したのか、単に僕の顔を見たくないのか。そこは確認するのも億劫だ。不機嫌な顔を察するに後者なのだろうか。


「噂を聞いた。聖女の中で行方不明者がいると言うのは本当か?」


「その話をどこで……」


 息を呑む音がひゅっと音を立てた。

 妙な緊張感が生まれて声がグッと硬くなった。


「酒場、数日前、男から聞いた」


「…………」


 ぐ、と息をのんだジョリーナは俯き押し黙った。暗闇の中で、彼女が一体どんな表情なのかはわからない。


「僕は今新しく出現した魔物の討伐をしている」


「? それがなにか……」


 訝しげにこちらを見たジョリーナはハッと目を見開く。


「ディオ様はもしかして、それが私たちに関係が、ある……?」


 信じられないとで言うような声色に「そうだ」と返事を返す。


「そんな、まさか……」

「僕は今、片手で収まらない数を超える個体を処理して来たが、どの個体も魔力量が多く、人を呪い殺すほどの力を持っている。これは短期間で獲得できる量とは思えない。繁殖能力があるようにも思えない」


「……あくまで、噂です」

 ポツリとジョリーナが搾り出すような声を出した。


「……確かに病気で故郷に帰った者はおります。最近流行病のように次々と……聖堂に勤める聖女たちの中でも、夜間亡霊を見たと言う子も現れ出しました……」


「いつだ」


「それは……」

 そこで息を噛み殺し、浅い息を吐く音が聞こえる。ぐ、と喉を鳴らす音が静かな暗闇に響く。


「……それは……決まっていつも、帰郷する者が出た晩なのです……」


 震える声が、信じたくないと思う声が耳に届いた。恐るようなそんな声だ。


「その後の連絡は」


「わか、わかりません……近頃力が弱くなってここを出る子達も多くて……あ、あの、あの子達とも、あの子達も連絡はありません……」


 震え出した声が、ついに嗚咽を含み始める。

 おおよそ聖女と名のつく者が出すような声ではなかった。




◆◆



 次に『魔女』が現れたと報告があり、出向いたのは王都にほど近い、商人がよく使う整備された道だった。


 どんよりと空間にチリが漂うように何か黒い者が浮かんでいる。その出所はどうやら『魔女』の顔の布に覆われた瞳部分から染み出ているものが宙に浮いている。


『魔女』が佇み、何かをじっと見つめている。


「なんだ……?」


 目を細めれば、『魔女』が見つめていたのは、倒れた荷馬車だった。


 荷物を引いていたであろう馬はとうに逃げたのか、荷物だけが放り出されている。


 また『魔女』の声が途切れ途切れ聞こえてくる。

 近づく前に剣を抜き、魔法をかけておく。刃先に転がった光がバチンと弾ける音がした。


「あ…ああ……」


 『魔女』が声を上げるとともに、ぎゅるんと向きを変え、こちらにすごい速度で飛びかかって来た。

 ぶつかって来た『魔女』をなんとか受け流す。


 その時、『魔女』の顔が近づき、耳元ではっきり女性の声が聞こえた。



「タスケテ」



 はっきり聞こえた声に目を見開く。しかし、次の言葉を待つ前に『魔女』自ら僕の持つ剣に向かって突進して来たため、叶わなかった。


 バシュン、という音と共に布が弾け、黒い液体が飛び散り、雨のように降り注いでいく。


「魔女が、自分から……?」


 今までと違う不可解な行動に首を捻る。


 突如、荷物の中からガタンと音が鳴った。


 ————なんだ?


 荷物に近づき、壊れた木の板と布を払い避けると、そこに現れたのは手足を縛られ震えた子供の姿だった————。


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