第31話 チョコレートショック:レベル3


 時刻としては、ようやく目が覚め始めてきたところ、と言ったとこだろうか。鳥たちも朝の挨拶が活発になり、うるさいとまではいかないが、いささか賑やかになり始めた。


 そうしてくると徐々に人々は起き始め活動を開始する時間に入ってくる。日は明るくなり、地面は明るく照らされ、家や店先に構える花壇を所狭しと色とりどりに染める花々は朝露に濡れキラキラ輝いている。


 すごく素晴らしい景色なのだろうが、残念ながらそんな景色を眺めることは無い。

 今私が対峙しているものは、ショコラブラウンの髪が上品にウェーブを描き、見目が相当に美しいが、幼さがまだ残る可愛らしい少女だ。


 見る分には朝露の輝きにも負けないだろう。


 ————しかしそれは黙っていれば、の話である。


 店内は狭いので、帳簿台を挟む形で私とチョコお嬢が顔を突き合わせる形で腰を下ろしている。

 ジャスティンは付き人らしくチョコお嬢の背後に立っていた。それはもうピシリと。


「わたくし、小型魔物保護団体の活動をしておりますの。このジャスティンから聞きましてよ。何をって? そう、そこのあなたのお話ですわ!」


 そう言い切って、細い指先がピンと私の方へと振りかざされた。


「私?」


 そこのあなた、と言われて指を指されてはまず自分を差し置いて他の誰かなんて事はないだろう。ましてはジャスティンから聞いたとなれば私で間違いない。わざわざここへ来ているあたり、それ以外考えられないのだけれど。


「そうですわ。あなたのお話をジャスティンから聞いたので、す、わ!」


 ビシッと突き出した人差し指は私とジャスティンを行ったり来たりしている。


 チョコお嬢がグルングルンと私と彼女の背後にいるジャスティンの方を律儀に何度も向き直すので、彼女の長い髪の毛がすぐ後ろにいるジャスティンの体にベチベチとぶつかっている。

 

 話をする時は人の目を見て話せって言われたんだろうなぁ。

 

 人の向けて指を指すという行為はいただけないが、人の忠告をしっかりと聞き入れて取り入れるような、真面目さが変なところで垣間見える。不思議な少女だ。


 流石に鬱陶しくなったのか、ジャスティンは『背後に立つ付き人』を放棄して、私の隣に腰をおろした。


 おいおいお前はあっちに行きなさいよ。


 私の隣に貴方が座るのを見てからあなたのお嬢様が口を尖らせて超絶不機嫌そうになったじゃないか。

 

「ちょっと、ジャスティン! あなたわたくしの護衛ですのよ!? こちらでしょう!」


「いや、お嬢の髪が俺の服に絡まってちぎれたら大変ですので」

 それに痛い思いをさせてしまうので、としれっと言うジャスティンに「えっあら、そうかしら、そうよね」なんて答えて事なきを得た。


 え? あれ、ジャスティン、そんな事言えるタイプの人だったの!?


 側で聞いていると歯の浮くようなセリフだが、言ってる本人は無表情だ。


 何故感情が無い?と思って無言の圧力をかけていると、ジャスティンと目が合った。


 うん。なんて感情の無い目なんだ。


 ジャスティンは私の疑問を理解したのか、コソリと「面倒臭い扱いを受けたらお嬢のお父上にこのように言えば良いと指示を受けている」と血も涙もない事を耳打ちしてきた。

 「なるほど」とつい返答してしまったが、素直に受け入れているチョコお嬢をみるとちょっと同情してしまった。


「まぁ、それは良いとして……どんなご用件ですか?」


「そうね! それだわ! わたくし、小型魔物保護団体の活動をしておりますの!」


 どん!と効果音が背後から聞こえてきそうなほど堂々と今初めて言いましたと言わんばかりだが、それはさっき聞いている内容だった。


 はぁ、と生返事を返せば、クリクリとした目をまんまるにさせてきょとんとした顔で目をぱちくりさせている。

 どんな感情なのそれは……。


 そしてそんなに珍しい団体ではない。

 誰かが言い出してどんどん大きくなった団体だ。人によっては利益になる。見方によってはいい迷惑ってやつだ。


 富裕層は大体その名前を名乗っている。

 そしてその数だけ保護やらの財団が存在し『小型魔物保護』と言う名の下に、保護するための森の確保やら餌やらの募金と言う名前をつけた、財団ビジネスである。


 寄付をすればマウントも取れるし知名度も上がる。更には自分の保有する財団に寄付を募り、そこから自身の名前を使ってどこどこへ寄付しました、〇〇に使いましたと言ってあとは自身のポケットへ。

 なんてこともあるのだ。


 きな臭い事この上ないが、富裕層間ではそう言った行動が好まれるようなので、仕方がない。

 しがない魔具屋の私には関わりようがないので何か害があるわけでもない。ただ単に興味があったから少し知ってる、その程度だ。

 ちょっとしたゴシップ紙に載るような、そんな内容である。


 関わりがあるとすれば、そう言った団体のおかげで一般人による素材の乱獲は阻止され、素材が絞られて、希少な魔物の素材が使われた道具の値段が跳ね上がり、それを富裕層がこぞって購入するのでありがたいような、その程度だ。


 前世の記憶も相まって、立場や相手によって自分の都合のいいように便宜を図るダブルスタンダードな富裕層にはもはや慣れきっているので、致し方ない流れかと思い気にはしていない。


「なんですのその返事は! 少しは、『すごい』とか『えらい』とか『知ってる』とかないのかしら?」


「まぁ、知ってますけど……」


「わたくしその会長ですの! ここの魔具屋さんは魔物の素材をたくさん使っていますでしょう?それをやめていただきたいのですわ。わたくし、それを実行させるだけの力を持ってましてよ」


「は、はぁ?」


「魔具屋さんをやめて下さらないかしら?」


 さも当たり前と言うように、とんでもない言葉が彼女の口から溢れた。



 ……え?



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