第30話 チョコレートショック:レベル2
「貴女がステラ・セナードですわね」
恐る恐る開いた扉の向こう側にいたのは、チョコレートのようなショコラブラウンの髪の少女だった。
余談だが、この世界にはチョコレートがない。カカオナという実から作られる、携帯食とされているタブレットがその代替品となる。
なのでこの世界での名称はミルクカカオナの色という表現になる。
しかしここでは聞き馴染みのある私はショコラブラウンと呼ばせてもらおう。
ふん、と鼻息荒く、ショコラブラウンの髪の少女はむっつりした顔で佇んでいる。
少し扉を開いた時、瞬時に足を挟んできたため扉を大きく開くほかなかった。
まるで借金の取り立てに来た怖いお兄さんみたいである。
「あれ……馬は?」
彼女の背後を見れば、先ほどまで騒音を上げていた馬車も馬もいない。てっきりこの少女が乗っていたものだと思っていたが、そうではなかったようだ。
彼女の後ろには馬車こそないけれど、付き人がいるようだった。
あれ、なんか見たことあるな。
「ん……? んん!?」
背が高く、細身の青年。
騎士のような服装で、腰には騎士が持つ一般的な細身のロングソードが挿さっている。
極め付けは、視線がぶつかったことによってコソリと手を振ってきたことだ。
「……おはようステラ」
「あっ! ジャ」
「あ〜ら、気がつきまして? 登場といえば馬車じゃない? わたくし瞬間移動の魔法が大得意でしてよ! 今さっき返してきましたわー!」
「ひっ」
ジャスティンじゃん、と声をかけようとショコラブラウンの髪の少女の背後を思い切り覗き込もうと彼女を避けて体を少し傾けると、よく通る高くて可愛らしい張りのある声が被ってきた。
それと同時にカクン、と横に倒れるように目の前にドアップで少女の顔が映し出される。
アップに耐えられる顔というのは前世でもよく聞いたが、若いとはいえ自らアップを狙ってくる人物は初めてだった。
びっくり。
色んな意味でびっくり。
このショコラブラウン……いや、もうチョコと呼ぼう。心の中だけで。
まぁなんとも。
このチョコお嬢とにかく声がでかい。
なんでなの。
チョコ食べすぎて覚醒しているの?
興奮しているの?
「チョ……お嬢さん、あのね」
「お嬢さんですって? お嬢さんではなくてよ!お嬢様、もしくはメグ・マルン様とお呼びなさいな。なんなのここは? なんて小さな小屋なのかしら? いつまでも外なんて寒いではないの! お家はどこなの?」
「は、はぁ?」
「まぁ! お口に気をつけてくださいな!」
「なな、なんですって? あなたこそ————!」
ガチャガチャ、と近所の店の鍵が開かれ、扉のドアノブをひねる音が聞こえてきた。
ああ、大変だ。
矢継ぎに飛び出すどこまでも失礼な言葉の数々に思わず私まで大きな声を出してしまった。
当たり前だ。今は早朝。まだまだ仕事の時間までは早く、睡眠時間や家族の時間を確保するために店と家を一体化しているところが多いのだ。
それなのに、馬や馬車の騒音に次いで大声でのやり取りなんてたまったものではない。
とばっちりを受けてご近所さんとの関係が悪くなっては、商売の道が断たれてしまう!
そこまで想像して、「ああ、大変だ」と心の中の私が叫ぶ。サーっと血の気が引いていき、くらりとした。いちいち大きな音やら声やらを出すチョコをなんとかして店の中へ誘導しなくては。
「わ、ととととにかく中に」
「ここに!? わたくしが!?」
「お嬢、とりあえず中へ入りましょう」
「わかったわ!」
はぁ?
私が誘導しても一歩も動かず1ミリも理解をしようとしなかったこのチョコお嬢がジャスティンの言うことは聞くだと?
この金で動くような(失礼)男ジャスティンの言うことを?
思わず大きな声を出しそうになったのをグッと飲み込み、なんとか笑顔を作って中へ誘導することに成功した。
中に彼女を押し込んだのは私ではなくてジャスティンだったけれど。
チョコお嬢が中に入った瞬間に、「あら?魔具屋さんなのね」なんて言いながら目を輝かせて店内を物色し始めた。
「……なんなの? 後からちゃんと説明してよね」
コソリと耳打ちすれば、ジャスティンは疲れたように、「ああ……先に謝らせてくれ。すまない。お嬢は少しバ……わがままなんだ」と呟いた。
考えた末に出てきた言葉が思いのほか暴言で驚く。いや、もはやなんと言おうとしたかなんてわかりすぎるくらいわかる。わかりやすすぎるくらいだ。
バから始まるわがままにまつわる言葉、申し訳ないが私の頭では1つしか思い浮かばない。
「…………もう少し言葉を選んであげなさいよ」
「すまない」
外から、近所のお店の扉や窓が閉められる音がした。
街中には静かな朝が戻ったようだ。
小さな安堵のため息をひとつついて、私は店の扉をそっと閉めた。
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