第23話 スマホが欲しいよ





「ス……ステラ……お願い〜」



 次にディオが店にやってきたのは2日後だった。

 2日前に店から帰っていく時は魔法で一瞬で姿を消して見せたと言うのに、この日はヨロヨロと店の扉にゆっくり体重をかけて押し開けるというマナーも何も無い状態で入ってきた。服装などに破れたような跡はなく、多少の汗や泥ほどの汚れだけ。


 それでありながらとんでもなく疲弊し疲れ切った姿だった。


 2日の間に一体何があったのか。

 たった2日でここまでなるだろうか。

 何をしているのか知らない私には想像のしようもない。


 次にやってきたのは少し空いて6日後。

 これまたよろめきながら入ってきた。


 どうやらまた「魔女」が出たと呼ばれて退治に向かったのだそうだ。新しい魔物で、さらに危険度も高いのにどうも頻度が上がっていておかしな状況らしい。

 肌感らしいが、こう言った高度かつ危険度も高い魔物は頻繁には出現しようがなく、自然発生してるとは考えにくいらしい。高ランクの魔物は年に一回あるかないか。さらに新種である事が謎を呼んでいる。


 ディオが頻繁に呼ばれるのは一度呪われている身なので、たとえまた呪われても大丈夫だろうという国の判断の下で指令が出たらしい。

 実に楽観的である。

 この国らしいといえば、この国らしい。


『えっ! もしかしてディオ、国のお抱えの騎士様だったりするの!?』


『ははは、それほどでも〜って事はなくてね。確かに僕は強いけど、王国に登録してる騎士達は皆この国のものでもあるんだよ。みんな一緒一緒』


『そうなの? しらなかった……』


 騎士になるつもりがなかった事もあって、全く知らない情報だった。


 私の欠点は興味がないと全く調べないところにある。これは前世から全く共有していて、映画は何度も見に行ったりして知っているのに俳優の事になると全くわからないなど、かなり心当たりのある部分がある。


 同じように魔法師になるには、という情報は片っ端から調べたものの、それ以外は怠慢を働いていた。


 よって、私が知っているのは「騎士」と言うものは国を守ったり町を守ったりする存在である、と言う事くらいなもので、国専用イコールすごい騎士。町専用はその次、くらいの勝手な想像を膨らましていたが。


 全く違った。


 予習復習確認は大事だ。

 覚えておこう。


 魔女の討伐はしばらく自分だけになりそうだとぐったりしながらぼやいていたが、回復魔法、つまるところ私のポンコツ魔法がしっかりとかかり、ガッツリ毒を浴びていた。


 毒を食らわば皿まで、と言うフレーズが浮かぶ。ふわっとしか思い出せないが、おかしな事を始めたのなら最後まで突っ走れ的な意味だった気がする……今は簡単に検索と言う事ができる便利な機械は存在しないので正解はもうわからない。


 インターネット検索が当たり前すぎてあまりしっかりと覚えていない昔の私を殴りたい。


 いや、うん。正直に言おう。しっかり覚えるとかじゃない。スマホ……スマートフォンが欲しい……!

 私の脳みそではあの便利で万能な機械を作り出すことは不可能なので、叶わない夢である。


 私のポンコツ魔法によってピッカピカに回復したディオは、お礼だと言って最後に決まって魔物から採取した素材を置いていってくれるので、私もうまく懐柔されたもんだと思う。

 我ながら単純な性格である。


 そして何より単純だと感じるのが、こうやって足繁く通われるのを悪くないと思い始めているところだ。


 残念ながら最初に期待したようには行かなくて、依然私の魔法はポンコツのままだ。


 ただこうやって安心して魔法を使う事によって魔力の調節は格段に上手くなった。安心して、という表現はいささかおかしな表現かもしれないが、私の魔法を正面から受けても平気、むしろ回復してしまうディオあってのレベルアップ。

 悔しいがな、ディオのおかげ。


 自ら重ね着を繰り返した劣等感を一枚脱ぐ事ができた。着膨れしていた体が、ほんの少し軽くなる。そんな感じだ。


 根本的な原因は解明されていないが、自分のポンコツ具合は多少マシになったと思う。完全に主観だけど。


 何が言いたいのかと言うと、ほんの少しだけ自信を取り戻したのだ。ほんの少しだけだけれど。

 自分は決して優秀で有能な魔法使いではないけれど、この人の役には立てるんじゃないか。


 そう思い始めると、心の中をソワソワ走り回る好奇心が口からポロリと出てしまうのを止められなかった。



「ねぇ、ディオ」

「ん?」


 前回から2日空けてやってきたディオは本日もくたびれている様子だ。

 彼は慣れたようによろよろと部屋の隅に置いてある椅子をズリズリズリリ、と引きずり帳簿台の手前まで持ってくると、すとんと座りどしゃりと帳簿台に倒れ込んだ。


 もはや何度か繰り返している行動なので、倒れる前に帳簿台に散らばった本や魔具やメモ帳などを片隅に寄せ、巻き込まれるのを回避した。


「前に、私の魔法、治せるかもっていってたじゃない?」


「うん、かもだけど」


「そう……かもよね……かも……」


「うー……ん……」


 突っ伏したディオの頭の上で魔力を手のひらから流し込む。

 手のひらからこぼれ落ちた瞬間には、金の粉を纏った魔力は瞬時に紫の液体となり、ディオの頭にボタボタかかっていく。


 ディオはモゾリと動くだけで、毒がかかっても反応はない。


「そうよね、でも、うん。ディオの役に立ってるから……うん……」




「……ごめんねステラ」



 ディオは毒を滴らせ、顔をむくりと上げた。

 その表情は切なそうでもあり、楽しそうでもある。


 一瞬で切り替わってしまう表情に、そしてその言葉に疑問符が浮かぶ。


 ツー、と彼の頬を伝った毒は、気怠げに小さく開いた彼の口に溢れ入る。

 赤い舌がちろりと出て、口元を拭う。

 妙に官能的な動作に、気まずくて目を逸らした。


「今だけ……あと少しだけ……僕のステラでいてほしいな……今は君を手放したくないんだ」


「今だけ?」


「そう、君が望むなら今だけで良いよ。なり損ないの魔法使いのステラを呪騎士に、今だけ頂戴……」


 ディオはそう言うと、もう一回、と魔法をねだった。


 ボソリと一言。


「あと少しで分かりそうなんだ」


 その意味は私には分からなかった。


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