第22話 知らない事ひとつ2
「もう一回」が、さまざまなパターンに変化し、若干卑猥な要素が入るようになるまで繰り返された。
なんだこの宴会ノリは。
サークルの二次会か何かか。
睨んだ私にヘラヘラと謝って、それから「はい次」まで変化した頃、もう魔法を使ったのが何回目か数えるのをやめていた。
「はいおしまい。どう? 疲れてる?」
「ディオとのやりとりには結構疲れたけど、体力的には全然平気……というか、特に何も減った気がしないかな」
「ほぉー、それはすごいな」
私の嫌味はまるっと無視され、腕を組んだディオは顎に手を当ててうーんと考える動作をした。この人に些細な嫌味は通じないようだ。
しばらく黙り込んだ後、「ステラは魔法を使う時何を考えてる? ちなみに僕は回復なら傷が塞がったイメージだ」と突然切り出した。
「私は回復魔法は絆創膏を渡して……」
「————ばんそーこ?」
「ああ、えーっと、傷が塞がるまで貼っておけば傷が保護されるものよ」
「へーいいね。その魔具。ここにあるの?」
「あー……いえ、今開発中デス……」
「ふーん」
しまった。
この世界には絆創膏は無かった。
咄嗟に開発中だなんて言ってしまった市、これはきっと時間はかかりそうだが地道に作るしかなさそうだ。
意味ありげな返事をしたディオに『絆創膏』についてもう少し聞かれるかと思ったがここで話が途切れたのですこしホッとした。
ディオは身体の変化を確認し、しっかりと服を着込んでいく。
今の今まで半裸だったが、魔法を使うことに手一杯で気にする暇もなかったので全く気にしていなかった。
が、改めて考えるとここに誰かが来たら変な噂が立ちそうなものだ。
閉店後でよかった。
営業中だったらと思うとゾッとする。
万が一うちの両親が帰ってきたら発狂ものだ。
————いや、うちの親のことだ。喜んでディオに私を差し出すかもしれない。
うちの両親は好奇心には勝てないタチなので、ディオの呪いの話を聞いたら嬉々として私を売り込むかもしれない。
そこまで想像してやめた。
思考は現実になると言うし、この想像が元になって実現してしまっては困る。
まぁ、万が一、億が一そうなったとて、ディオの好みの問題もあるのでそんな簡単に押し進むことはないだろうと思うが。
彼が貴族であったり王族なんかだと、うちの両親に押し切られないように彼の親族が止める事間違いないだろう。
王族や貴族の結婚は基本的に失敗は許されない。私の前世であれば愛があればなんとやらで、富裕層や王族、権力がある家系の離縁もさほど問題ではなかったがこの世界はそうはいかないだろう。
————まぁ、結婚だなんてまだまだ自分には関係がないんだけどね。
色々思考を転がすも、別に私は貴族でも王族でもなければ、縁談が持ち上がるようなお家柄でもないのだ。
この世界では一般的には10代後半での結婚が好ましいとされるが、女性がどんどん活躍するような社会の変化を受けて、じわじわと結婚適齢期は押し上げられ始めている。
男女ともにこれからどんどん上がっていくだろう。この辺は前世と同じような歴史を歩んでいるなと改めて感じるところだ。
ーーーあれ、ちょっと待てよ。
「ステラの魔法の容量の確認ができたから次は……」
「……ディオさんや……」
「なんだい? その呼び方。深刻な顔してどうしたの?」
「ごめん、確認してなかったんだけど……」
「うん?」
コテンと首を傾げるディオ。
もうしっかりと服は着込んでいる。
品の良さそうな服はその辺りに脱ぎ捨てていたのでシワがよってくしゃくしゃだ。
「ディオって既婚者?」
「へ?」
呪いで黒く覆われた顔が、ポカンと表情を変える。
「いやぁ、ほら。私ディオが何歳かも知らないし、もし既婚者だったら大変じゃない。それにディオ、見たところかなり良いものを着ているし、先日の魔具の買い方も豪快だったから、どこかの資産家の御子息なのかと思って」
そう言えば、ディオの顔が歪んだ。
口も目もぽっかりと開いていたが、徐々に非常に楽しそうに瞳も口元も三日月のように姿を変えた。
意味ありげな微笑と共に怪しく口角が上がる。
楽しそうな、愉快そうな表情がジリジリと近づいてくる。
ねっとりとした笑みになぜが背筋がフルリと震えた。
その表情に気を取られていると、気がつけばあまりにも近い距離にディオの顔も体もあった。
まさに目と鼻の先にその美しい顔が迫ってきている。
「……嬉しいな。ステラが僕に興味があるって事で良いのかな」
「は、ちが、貴方が既婚者だと私が困るの! わ、た、し、が! 物理的に! 困る!」
なんといっても既婚者だったら旦那様の裸を見てしまうなんて殺されてしまう。もし不倫だなんて思われてしまったら最悪だ。
そんなことする気もなければ、覚悟もない。
そもそもそんな間柄でもない。
それを確認するまでは「次の予定は」なんて呑気に予定を立てるなんて恐ろしいことは出来ない。
何より浮気をする男なんて相手にしたくない。
関わるのもゴメンである。
間違いなく面倒ごとを持ち込むのは前世で経験済みだ。友人の話でお腹いっぱいである。
そういう恐ろしいものは気がついた時点で即時摘み取っておくに限る。
魔法が毒魔法になるだけでも相当に気が滅入っていると言うのにさらに人生ハードモードなんて真っ平ゴメンである。
「ほほぉ〜、困る、困るか。いやぁ嬉しいなぁ」
「は?何がよ。もし結婚なり婚約者なり居るなら私はパスよ。ディオはイケメンだし、きっと彼女くらいはいるでしょ? 私もうっかりしてたわ。今後しっかりお相手様も含めて契約書交わしてからじゃないと一言も話さないし、ここにも来れないように国に申請を出すわ。私は貴方の彼女に刺されたくないもの」
「……ああ、なんだ。そう言うこと……」
訳を説明すると、面白くなさそうにディオはつぶやいた。がっかりしたように肩を落としたが、うんうんと頷きながら「しっかりしてるなぁ」とぼやいた。
おい。まさかのまさかでもう刺されるフラグが立っているんじゃないだろうな。
もしくはディオが刺されて慰謝料問題?
これ体張った新手の詐欺だったりするのでは?
最悪の想像が脳裏をよぎる。
ディオの返答を待つ。
随分と人との物理的距離感が近いようなので一歩距離をとる。
私のパーソナルスペースは近くも遠くもないと思っているが、ディオほど近いわけではないのだ。
「で、どうなの?」
「いやぁ、僕ってばめちゃくちゃ強いからさ。そりゃ居るけどさ」
「うわ」
まぁそうだろうと思っていたが、つい口からポロリと本音が溢れ出た。
しかしディオは全く気にすることなく、話し続ける。
「居た、だよ。詳しく言うと昔はね。この呪いを受けてからサーっと散っていったよ。縁談がどうとかうるさかった親も家の恥だ絶縁だーって言って即追い出し。僕のこと化け物だ、なんだって。酷いもんさ」
「やっぱ、り……え?」
うーん、としばらく考えて「居たのは婚約者だけどね」と、なんでもない事のように言うディオの表情は、重い内容とは裏腹にまるで世間話の気軽さを持ったものだった。
「あー、気にしなくて大丈夫。僕は気にしてない。それに感謝してる」
「感謝?」
「そうだよ。感謝だ。こんな身体にした魔女には腹が立っているが、僕に見えて無かった世界を見せてくれた。十分感謝に値する。結果論だけどね。結果論でも十分さ。中でもステラに会えた事は代え難い幸福だよ」
「それは、私の魔法が、毒魔法だから……ってこと?」
「それだけじゃあ、ないけどね」
ディオの呪われた黒い指が頬をするりと撫であげる。
ディオがくるりと踵を返すと、後ろで縛られた長い髪がさらりと靡いた。艶のある髪がサラサラ目の前を通り過ぎる。その隙間からこちらをチラリと覗き見るディオの視線とぶつかった。
アーモンド型の瞳が、月のように弧を描く。
パッと音もなく姿を消した。
まるで何も無かったように、一瞬で、そこから居なくなった。
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