第14話 狂った空間4


 プスプスと軽快な音と共に鼻を掠めるのは自らが放ってしまった毒魔法。


 いや、治癒や回復をメインとした魔法を使う予定だったのだが、それが失敗して毒魔法に変わってしまったポンコツ魔法の成れの果ての姿であるわけだが。


 魔力のコントロールが上手くいっていない私の魔法、しかもスライムを木っ端微塵、地理の如く弾け飛ばしたような威力を誇るこの「毒魔法」をしっかりびっちり、体全体に溺れる程浴びているこの男。


 何故かピンピンしているのだ。


「最高じゃないか……! これだ……! これが僕が求めてた力だ!」


「…………は?」


 ピンピンしてる上に何故か、イキイキとしている。ーーーこわい。

 


「あ、ごめん。興奮してしまった……、んん」


 興奮。

 

 ……は?

 興奮?


 ディオはハッとしたように立ち上がり、すぐさま膝を床について、まるでプロポーズでもするかのような、お姫様や王様に傅く様な恭しさで、丁寧に跪いた。


 その間私の腕を全く、一瞬も、離さなかった。

 こわい。



「すまない、君の名は?」


「わ、私? ステラ……セナード、ですけど」


「ステラ!」


「へっ、はいっ!」


 店内に入ってきた時の様なオラオラ俺様はどこへ行った!?


 まるでどこぞの王子様の様なキラキラの笑みで、私の手を包み込んでいる彼の両手にキュッと力がこもる。


 

「ジャスの言っていた道具はもちろん買う。ステラが勧める品物も全部買おう……全く気が乗らないが、そこの、その……雑誌のやつにも会わせる事もできる……」


「え、ええ……それはありがたいけど、え〜っと……何が言いたいの?」


 妙に歯切れの悪い言葉に、何が伝えたいのかわからない。


 お店の商品を買ってくれるのはありがたいし、その量が多ければ多いほど私にとってはラッキーだ。それはいいのだけれど。


「この素晴らしい力を僕に全て使ってくれないか?」


「……は? な、なんて?」


「ああ、すまない。この力を、僕のためにだけに全て使ってくれないか? ……いや、むしろ僕にぶつけてくれ。いつでもどこでも」


「ひぇ」


「ものすごく良いんだ、君のその魔法が!」


「え!? 魔法って言っても毒でしたけど!? 完全にコントロールを失ったクソ下手ポンコツ魔法でしたけど!?」


「むしろいい! それでいい! 君の毒を僕にくれ! 君のために是非僕を練習台に、いや、踏み台にしてくれ!」


「え? 毒を? 踏み、台……?……変態なの? Mなの? 死ぬの?」


「M……? とは何かわからないが、それで構わない。むしろ君の毒を喰らいたいんだ!」


「へへへへ変態だ〜!」



 きゃーやめてこないで! と興奮したように手を握ったまま近づくディオに向かって本で学んだ目潰しの呪文をかけた。ありったけの力を込めて。


 ばしゃり、とディオの目めがけて毒々しい(失敗した)魔法がかかった瞬間、ディオの目の色が変わった。         


 あ、これは比喩ではなく、本当に色が変わった。


 死んだ魚のごとく、一切の色も受け付けないような真っ黒だった瞳が、うっすらと青みがかかっている。


 驚き、ディオの顔を覗き込んでいると、うっとりとした表情が目に飛び込んできて、びくりと思わず一歩足が下がる。


 手を掴まれているから距離を取ることは無理だったが。



「最高だ! 君こそ僕の天使だ!」


「やめろ!」


 思わず突っ込まずにはいられなかった。

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