第11話 狂った空間1


 何か起これば手紙伝達。

 聖女様を呼べば、どんな病気や怪我も奇跡の力で健康に。


 ————そのはずだったのだが。



「……どうして悪化するのよ……!」


 ディオの状態は悪い。

 見て取れる情報だけでも、良くなっているとはとてもじゃないが思えない。


 ううう、と痛みからくるのか、苦しそうな声が漏れ出ている。


 アンデッド、と聖女ララ様はおっしゃっていたけれど、人に襲い掛からず、自我があり、人間としての行動ができているアンデッドは聞いたことがない。

 教科書にも載っていなかった。

 

 アンデッドとは、いわばゾンビだ。


 まだまだ研究中の魔物であるが、死んだ人間を魔物が新たな魔物「アンデッド」に変化をさせて操り新鮮な餌を得るための道具として作り出した、と言われている。


 聞くだけで恐ろしげな生き物であるが、日が当たれば弱体化するし、火にも弱い。明るい場所も好まないので、遭遇する確率は低い。

 

家の前に小さな灯りがあればそれだけで避けられるのだ。


 ランタンや小さな火、蝋燭の火だって構わない。

 回復薬でも倒せるので、アンデッドや魔物に遭遇しそうな場所へ行く時は回復薬をたくさん持っておくのがおすすめだ。

 回復魔法が使えるならそれでも全く問題はない。

 

 大昔は土葬だったが、アンデッドの出現によって最近は火葬が主流になりつつある。



 私の知っているアンデッドの説明はこんなところだ。


 それらを考えると、こんな日中に出歩くアンデッドは聞いたことがない。

 アンデッドを見た事はないが、もっとボロボロでちゃんとした言語が喋れないイメージだ。

 なんと言っても死んでいるし……。



 ぅぐぅぅ、と唸り声が響く。

 その声でハッと我に帰った。


 苦しげに、息が荒くなるディオに目をやる。

 

 こんな事を考えてる暇があったら、なんとかしてこの人を助けないと……!


 ブンブンと頭を振り、脳内の教科書も閉じ、雑念を振り払う。

 

「……聖女様がダメだなんて……それじゃあどうにもならないじゃない……」


「……はぁ、うう……」

「————! 大丈夫?」


 額に汗をかき、うっすらと目を開けたディオは、ゆらゆらと何度か瞬きをすると、重そうに瞼を開き、そして、目が合った。

 

 側に駆け寄り、その額の汗を拭うと、ディオが驚いたように目を見開いた。

 

「……ごめんなさい。まさかこんなことになるなんて。私が回復薬なんかをかけてしまったから……本当にごめんなさい……こんな……! 私に出来る事は何でもするわ」


「……気に……しなくて、いい、僕の体がおかしい、だけだ」


 気にするな、と言われて、はいそうですかと思えるわけない。申し訳なさが破裂しそうだ。

 ぐ、と唇を噛み締めると、ほんの少しだけ血の味が滲む。


 自分はこんな時にまで役立たずだなんてなんて情けない……!


 グッと手に力を込めて、グラグラする頭の中で回復魔法をぐるりと探す。

 回復魔法がダメなら……。

 魔法の解除、意識の低下、解毒、治癒のイメージを頭の中で探し出す。


 何度も読み込んだ本の中の呪文を選び出し、頭の中で呪文を唱える。

 顔の前で手を組み、祈るポーズを取る。

 そうすれば、ふわりと魔力が手のひらに集まるのを感じた。いい感じだ。なんとなく成功するのではないかという期待が頭をよぎる。

 あとは魔法の発動させるだけ、という時に昨日のスライムがふと頭をよぎった。

 

 破裂したスライム。

 散り散りになった後の無惨な姿。


 はっとして我に帰ると、発動し損ねた魔力はパン、と弾けて空中に舞った。

 

「————っはぁ、やっぱりダメだぁ……」


 ペタリと床に項垂れた瞬間、脱力し、床に手を着く瞬間。


 ———パシリと腕を掴まれ、ぐいと引っ張られた。


 思いがけない強い力だったので、思わず引っ張られた方向へ倒れ込みそうになる。

 すんのところで耐えると、目の前には黒い刺青に覆われている、大きな手と、同じく刺青で半分以上隠れているも、美しい顔が驚きに満ちた表情でそこにあった。


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