第10話 きついこの状況
開店中だった店の看板を閉店に変え、急いで聖堂に連絡を入れる事にした。
聖堂とは、聖職者とされる司祭や聖女が勤務する場所であり、この国の祭事や、怪我、病気、聖女の派遣を請け負っている。
緊急の際、少々値は張るが、聖女を呼ぶことも可能である。
神聖な司祭や聖女にこんな事を言うと非常に俗物ぽくて良くないのだが、私は密かに聖女派遣事務所と呼んでいる。だって聖女って奇跡の力使うじゃん。1人2人かと思ったらめちゃくちゃいるんだもん。アイドル事務所かと思ったわ。
前世で言えば仲間内でウケたかもしれないが、普通に怒られるので誰にも言う予定はない。
私的には、滅多に会えない人が来てくれる、イコールアイドルぽいな、芸能人ぽいなという100パーセントの好意で思ってるわけだが。
ここではアイドルも芸能人も通じないのでアウトだ。
倒れたディオは、私の力ではベッドまで運ぶ事は不可能だったので、軽く汗を拭き取り、ブランケットをお腹にかけておいた。
この世界には携帯電話の様な便利なものはない。しかしそれと似通った便利な手紙伝達という物が存在する。
これは司祭様が開発したシステムで、これ一つで聖女様が呼べるという、いわばお守りである。
もちろん、先ほど言った様に少々値が張る。
回復薬であれば300ゴールドほど。これは一般的な金額で、栄養ドリンクを買うくらいの感覚だ。私はそう思っている。
パンや屋台で串肉やパンを購入する時もこれくらいの金額である。
一方この聖女が呼べる手紙伝達、一枚で5万ゴールド。
高い。
めちゃくちゃ高い。
しかし、聖女様が来てくれれば、原因不明の高熱もみるみる下がるし、折れた骨もくっつくし、死にかける様な大怪我もあっという間に治ったなんて奇跡みたいな話も聞いた。
この国の一般的な月収が30万ゴールドなので、かなり高価なのだ。
本当に緊急用である。
本当の本当に緊急用だ。念を押しておく。
我が家には、一枚。
お店には3枚備えてある。
魔具を扱う店として、万が一お客様が怪我をしてしまった時、店員が魔具を作る際に大怪我をした時、保険としてこの手紙伝達を置いてある。
帳簿台引き出しから、なんの変哲もない紙を一枚手に取りフゥと息を吹きかける。
そうすれば、紙はまるで命があるかの様にペキペキと折り紙の様に折り曲がりながら鳥の形になっていく。ほんの数秒で鳥の形になった紙は扉の間をすり抜けてものすごい速さで飛んでいった。
◆◆
コンコン、と丁寧な挨拶が扉を叩いた。
返事をする間もなく、店の扉が静かに、音も立てずに開く。
「失礼致しますわ。聖堂から参りました。聖女ララでございます」
「ああ、良かった! ただの回復薬だと思ってたんですが、ちょっと……その……それで突然倒れてしまって」
店までやってきてくれた聖女、ララ様に近寄り説明をする。
にこり、と微笑んで「わかりましてよ」と返事をした彼女は、私の誘導でゆっくりと、それでいながら優雅に店内へ入りディオに近寄る。
「聖女ララ様、こちらです」
「ええ」
するりと私の隣をすり抜け進んでいく。
ディオまであと一歩というところで、急に聖女ララ様がびくりと震え、歩みを止めた。
「ひぃっ」
「え?」
小さな悲鳴をあげ、よろめくと、ララ様は口元を押さえてのけぞった。
今、この一瞬で何か起こったのかとララ様とディオを見比べるも、様子は先ほどと何も変わらない。
ディオは額に汗を浮かべて倒れ込んでいるし、ララ様はディオに触れてもいない。
「あの……大丈夫なんでしょうか、彼......」
「ああ、あぁ、なんて事なんと醜い……」
「え?」
聞き間違いだろうか。
「……悪いものが
「え? で、でも聖女様なら、治せるん、ですよね?」
「……やってみますわ」
ぐ、と唇を噛み締めるような仕草をして、聖女ララ様は恐る恐ると言った様に手をかざし、魔法を唱える。
ディオの上に、まるで水を掬うような動作をすると、手から暖かな光の玉がこぼれ落ち始め、ディオの体の上に光の玉が落ちた。その光は体へと染み込んでいく。
その美しい光景に、良かった、これで大丈夫だとホッと胸を撫で下ろしたその時。
ジュワっという何かが焼けるような音と肉が焦げるような匂いがツンと鼻を刺す。それと同時に「うぐぅ」とディオが苦しげな声を上げる。
「ひ、最上級の回復魔法ですのよ……!? この反応は、アンデッド……? ま、魔物ですのねっ!穢らわしい……! 醜い魔物ですわ」
「は!?」
顔を真っ青にした聖女ララ様は、後退りし、ついには悲鳴をあげて店内から飛び出して行ってしまった。
残された店内には、何が起こったのか理解できず青ざめる私。
さらに体調の悪化したディオ。
無情にもバタン、と閉まる店の扉。
聖女様が帰ってくる気配は……。
ない。
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