第9話 帰ってくれ
しん、と静まり返った店内の中、コロリ、と音を立てて床を瓶が転がった。
ポタポタと、こぼれ落ちる回復薬が床に小さなシミを作っている。
ほのかな甘い香りと、ミントの様な爽やかな香りが辺り一面に広がり、ふわりと鼻を掠めていく。
勢い良く男に向かって振り掛けたせいで、自分の手にも服にもかかってしまった。
飲みやすい様にと、シロップや砂糖が入っているせいで、手がべとべとだ。
ディオの目が大きく見開き、眉間に皺が寄って、そして、ぎろりとこちらを睨んだ。
しかしすぐにその表情は驚いた様な顔に変わっていく。
「何を……おい、これっ……!」
ディオの鼻がスン、と匂いを嗅ぐ様に動いた。
ぽたりと落ちる滴を見送って行く。
「えっ? 何って……」
足元に転がる瓶を確認すれば、特に変な物では無く、ちゃんとした回復薬であることがしっかり記してある。
くん、と鼻を動かして匂いを嗅いでみるも、どこにでもある回復薬だ。
そりゃあ、作る人によっては香りが変化するし、効果に多少の差はあるものの、どれも大して変わらない物だ。成分は変わったりはしない。
「別にっ……普通の回復薬でしょ……え゛っ! や、ちょっ」
視界を足元からディオに移すと、なぜか先ほどよりもぐんと近くなった顔に「ひっ」と声にならない声が出た。
回復薬が皮膚に浸透すれば少しは元気になったり、顔色だってよくなるはずなのに、ディオの顔は辛そうな表情で瞳は
明らかに平常ではない様子に見える。
「ば……くそ……うっ」
「え? え? 何? ええ!?」
突如、力が抜けた様にガクン、と私にもたれかかる状態で倒れかかってきた。
ぐ、と腕で押しどかそうとしても、華奢に見えたその体躯は思いの外大きく重い体はどんどん重さを増すばかりだ。
「せ、セクハラー! ちょっと! どいてよ!」
「う、る……さい……」
「ひゃ……」
「……くそっ」
ディオの荒い息が首筋を掠め、酷い声が出た。
恥ずかしくなって再度、ぐいとディオの身体を押せば、私にもたれかかっていた身体がほんの少し動き、ズルリズルリと膝から崩れ落ちていった。
———バタン。
音を立てて倒れたディオを恐る恐る確認すると、「うう」とくぐもった声が聞こえた。
油を差し忘れたブリキ人形の様にギギギと音が出そうなほど固まってしまった私の体ではその場に立ち尽くして倒れたディオを見下ろすので精一杯だ。
はぁ、とこの異常事態に対応するためにも、息を吸い込む。
大きく波打っている心臓が、耳の内側でバクバクと暴れ回って落ち着かない。
ぐったりとしたディオ体の、素肌が出ている部分にそっと手をはわす。
脈はある。しかし尋常でない汗。
その黒い刺青が目立つ肌は、驚くほどに冷え切ってた。
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