第5話 追いバッドタイム1


 空が漆黒から色が抜け始め、オレンジが混ざり始め、窓の外からは小鳥たちの羽ばたく音や囀りが聞こえてくる。目が覚めると、まずはポットを火にかける。



 コンロのカチカチと言う音がレトロでなんだか落ち着く音だ。父や母がいるときは、2人のどちらかが魔法でポッと火を灯すが、この古臭く、手伝ってあげないと火がつかない感じが好きだ。


 100パーセント前世のコンロには近づけさせることは難しかったが、前世の懐かしさを感じさせてくれるお気に入りの魔具の一つだ。

 

 日がようやく登り始めたが、まだまだ街が活気付くには早い時間。

 手早く着替えを済ませ、コンロの上のポットがヒューヒューと音を立て始めたので手に取り、机の上の鍋敷きに置く。


 そのタイミングで、お店の玄関のベルがピンポーンと部屋中に響いた。



 まだ朝も早く、朝食を食べるにも早い時間だ。朝から入れる店も開いていない。そしてうちは朝食を出す様な店ではない。開店はあと3時間以上も後だ。


「こんな朝早くに……? 父さんと母さんかな......。でも、母さんと父さんは鍵を持ってるはずだし…………」


 おかしいなぁと思いながらも、2階から1階へ階段を降りていく。

 

 この世界にはインターホンという便利なものはないので、モニターで確認することができない。そのため直接見に行くしかないのだ。


 もしかしたら学校の生徒や先生が足りない教材用の品物を買いに来たのかも。

 何にしてもやはり見に行くしかない。


 このセナード魔具堂は、3階建の作りになっていて、3階に寝室、2階にリビング、1階がお店という作りになっている。住宅兼店という作りだ。

そのため来客があると、扉のすぐ横の壁にくっついているベルを鳴らせば3階、2階の室内に伝達する様な魔具が付いている。


 ベルは、店の外には聞こえないが、建物内の各部屋の中には聞こえる様に作られている。

 意外と便利な魔具なのだ。


 実は私の発案で父と母が作り出した魔具なのである。


 痒いところに手が届いた商品としてこの周辺のお店で役に立っている。

 おかげで住居を店にする人も増えて、通勤時間は減っている。

 ホワイトな働き方改善に協力できて非常に嬉しいことである。


 魔法が使える非常に便利なこの国は、便利さゆえに働きすぎる傾向がある様に思う。魔法で動作や工程が省略され、物事が早くできると言う点は非常に嬉しい事だし素晴らしい事ではあるが、よくも悪くも基準が一段上になってるのだ。


 じゃあ、もっとできる。

 じゃあ、もっと早くできる。

 じゃあ、もっとたくさんできる。


 そう言った無意識の努力がどんどん「普通」として適用してきてしまっているのだ。


 元日本人であった自分の生きていた時代に非常に近いような勤勉さを感じている。


 そのため、働く人に優しい道具を作り、もう少しサボれる様にしてあげたい。


 通勤時間がなくなれば、眠っていられる時間が増え、パフォーマンスもストレスレベルも良くなるはず。


 その第一歩としてこのベルなわけだが。

 

 ピンポーン、ピンピンピン、ピンポーンピンポーンピンポンピンポン


「ひー、待って待って待って!」


 難点を一つ言うなら、押した本人は店の外に居るので、このベルの音は聞こえていない事だ。

 この魔具の仕組みを知らない人は壊れているのではないかとよく連打をするのだ。

 

 階段を降り切ると、もうそこから荷物が山積みな狭い店内をすり抜け、玄関の扉にくっついている小窓を覗き込めば、王都の騎士たちが身に着ける上質な隊服が見えた。


 チラリとみどりがかった髪も見える。

 見覚えのある色だ。


「すまない。セナード魔具堂はここだろうか?」


「ああ! 昨日の」


 小窓から聞こえてくる小声は、確かに聞いたことのあるものだ。


 声を聞いて、扉の鍵を開けると、そこには昨日出会った青年、ジャスティン・スクロージの姿があった。

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