第4話 ええもちろん魔具です。はい。



 小鳥がさえずる昼下がりの森の中。

 ただ立ち尽くす人間が1人。



 ごきげんよう。私です。




 私の考えてた結末は2つあった。

 1番、最高。2番、いつも通りの最悪なやつ。


 1番、放った魔法がしっかり完成してスライムが見事真っ二つになる事。

 そうすれば魔具の材料にも十分使えるし、持ち運びも難しく無くなる。

 成功する事がもはや最高なので、成功すればなんの文句もない。


 2番、こっちは最悪。魔法がいつも通り失敗して爆発。


 本日は微かな希望を打ち砕き、圧倒的2番の勝利に納まった。


 なんと約500回目の敗北である。


 これがそう、私が魔法学校を退学になった原因であり謎の現象。

 私が使った魔法が全て「毒魔法」になってしまうと言うものなのだ。


 なぜだ。

 絶望しかない。

 

 弾け飛んだスライムに合掌。

 

 せめてスライムの核の部分だけでも無事ならば魔具の材料になったのに......!

 私がポンコツなばっかりに!


 この世界では倒した魔物の一部を材料とする魔具が沢山ある。スライムなら中心部にある核を使うものもあるし、純粋にその美しさからアクセサリーや置き物として好まれる物も多い。

 例えば前世では貝などはアクセサリーや置き物へよく姿を変えていた。

 象牙もそうであるし、毛皮のコートもそういう類だと言える。

コレクションの対象になることもあれば、稀にペットとして好まれる物もいる。


 跡形もなく砕け散ったスライムの元に近寄れば、そこに居たのだろうと思われる、毒が染みた地面。焼けた草。それだけだった。

 

 スライムというのは素晴らしき魔法生物ではあるものの、動物を襲い、人間を襲うので退治できたのは何より。な、はず。うん。


 最近は小動物的な魔物可哀想!やれスライムは穏やかな性格だ、小型の魔物の毛皮や討伐の禁止、魔具を作る道具にしてはならない!虐待反対!と声高に訴える団体が登場してしまった事もあり、小型の魔物は増える一方なのである。

 実際めっちゃ増えてる。


 食物連鎖が狂って新種が出てくるのではと、恐れている自分とワックワックが止まらない自分が殴り合っている。

 勝敗はまだついてはいない。いい勝負だ。


 大問題なのは、大昔から魔法の道具を作るのに魔物の核であったりと素材として必要とされてきている上に、それらがないと便利な道具も使えなくなると言うことである。

 なので実際は「ああ、はいはい」と魔具屋や学園、王族は聞き流している。


 大きな声を出しているのは、国のトップにほど近いとんでもない金持ち達、の息子娘達なので、自身の価値観と合わない階層が下の暮らしにはとんと興味が持てないらしい。

 

 しかしながら、貴重な魔物の核を大量に使用した高価な魔具は、アクセサリーとしてお金持ちに大人気と言う悲しい現実。皮肉である。


 魔具屋の娘として意見させてもらうと、もはや希少価値を無理やり作り出して、マウントの取り合いを故意に生み出しているとしか思えない。いい金づ、おっと、もごもご。


 できる事なら素材は採取して帰りたいのである。これも、やはりより役にたつ魔具を作り出したいという魔具屋のさがである。

 非常に難しい、性質と金のバランスである。


 どの世界にいても口から出るものと頭の中にあるものを一致させ同一化しようとすると、そこには大きな問題が現れるものである。


 ともあれ、決して故意に毒を浴びせて的当てゲーム的に魔物を倒して楽しんでるサイコパスではないのだけは訴えていきたい。


 つまるところ、私の魔法はポンコツであるという事が証明されたわけだ。悲しい。


 うーん。

 どれほど魔法の教科書を読んでも、魔力の込める量を変えても、ちょっと呪文を変えても結果は同じだ。正しく魔法が発動しない。

 

 ちっちゃい紫の泥。

 霧状の紫の泥。

 紫の泥鉄砲に紫の水たまり。

 魔法の種類によって何故か様々な毒が出てくるわけだが、それが毒な時点で大失敗である。無念。


 

「やっぱり原因は魔力とかそういうのじゃなさそうだなぁ......はぁ」


「おい!大丈夫か!?」


「わっ」


 背後から草をかき分ける音と同時に、男の声が響いた。びっくりして振り向けば、年若そうな背の高い男性が茂みの合間から飛び出してきた。

 身なりを見るに、騎士のような服装をしており、腰には騎士が持つ一般的な細身のロングソードが挿さっていた。

 端正な顔立ちの青年は眉間に皺を寄せてこちらに近づいてきた。


「おかしいな、こちらで魔力の反応を感じたが……」


 青年は私、そして背後にかすかに残る魔法の残りカスを視界に入れると、戸惑ったように眉を顰めた。


「そこ……魔法の残滓ざんしが窺えるが、これはあなたが?」

「あ、い、いや」

「見事な物だが、この香りは毒の魔法か……?

しかし魔法でここまで強力な毒魔法は見たことがない……」


「ど、道具で、ボカンといきまして」


「道具で……?」


 ぎくっ


 思案するように腕を組み、 顎に手を当て考え込んだ青年の呟きにどきりと心臓が跳ねた。

 教科書通りの毒魔法ではなく、破裂するような毒魔法だなんて聞いたことも見たこともないだろう。道具という言い訳は厳しいだろうか。

 魔法の残滓が残るような道具はあっただろうか回らない頭で考えてもサッと答えは出てこない。頭で図鑑のページを捲るも、速度は亀並みだ。


 失敗しまくっているので、私も恥ずかしいのよ。

 

 やめて!それ以上見ないでー。


 スライムを粉々に弾け飛ばした跡をじっと眺めている青年はその微かに残っている残滓がじわじわと消えていく様を見届けると、こちらに目が動く。


「あ、えと」


「ああ、すまない。失礼した。怪我はないだろうか? 一体何があったんだろうか?」


「え、えと、スライムが出まして」


「スライムか。ふむ。こんな森の入り口まで来ているとは。俺もここにくるまでに3体は出くわした。やはり数が相当に増えているのか」


「まぁ、きっとそうなんでしょう。あっ、もしかして保護団体の方ではないですよね……?」


 出くわした、という表現を使っている、ということは倒してはいない=魔物は保護するべき派の人では!?という恐ろしい考えが頭をよぎる。

 あかん。万が一そうだったら金持ちパワーが炸裂してうちの店はいっぱつで潰れてまう!騎士の中にも一部そういう一派は存在してて、有害なのは人間だ論を実行しようとしている奴らもいるのだ。


 私の口!これ以上余計な事を喋るなよ......!


 おそるおそる尋ねれば、青年は「違う」と首を振って答えた。


 ホッと胸を撫で下ろしていると、その青年はこちらをじっと見つめ、口を開いた。

「しかし関わりはあるんだ。君が怪我をしていないなら何よりだが、何かあれば責任はとる。俺の名はジャスティン・スクロージという」


「ジャスティン・スクロージ、さん......ですね。別に、何も無かったので大丈夫ですよ。気にしないでいいです」


「いや、しかし現に遭遇する必要の無かったスライムと遭遇している。そういうわけにはいかない」


 気にするな、と言われればホッとするものかと思うのだが、なぜかこの青年はムスッと難しい顔をした。なんでや。


「あー、えっと。私、というか親がなんですけど。魔具屋をやってまして。立ち寄る事があれば買い物をしに来てください。セナード魔具堂と言います」


「わかった。伺おう。スライムを倒した道具も気になるからな」


「通りかかったらでいいので」


 ジャスティンさんは真面目な顔のまま、「任せろ」とゆっくり、しかし力強くうなづいた。


 その後、送ると言うジャスティンさんをなんとか振り切り、一応調査(?)が終わったらしいので、帰っていくジャスティンさんの後ろ姿をコソコソと見送り、いざ狩へ、と森の中に入っていった。


 ガラス瓶に詰められた液体を鞄から取り出せば、紫の液体がトプンとゆらめいた。


 回復薬を作ろうとしたら失敗したやつである。


 泥色から七色に、七色から無色に変われば回復薬の出来上がりだ。

 無味無臭の液体になるはずが、びっくり紫の甘い匂いのする毒になった。


 私の魔力が少しでも注入されると毒に変わる様だ。無念。


 それをツノの生えたネズミ方の魔物、ツノラッドに投げると、驚いて逃げるのだが、その時にツノがちぎれ置いてけぼりにされる。

 何度でも生え変わるツノは素材として人気が高い。

 驚かしてすまないが、人間の姿を怖がってもらわないと森から出てきて街に住み着いてしまうので、必要な作業ではある。



 ツノラッドのツノに、スライムの核、ロックモール(頭が石の様に固いモグラ。石がついてるんじゃないか?)の爪など必要数確保し、ガラス瓶に詰めていた薬品も無くなったので、日も暮れる頃、私は帰路についた。


 まさか、今日のこの出会いのせいで、ひと騒動起こるなんて。


 この時はまだ、思いもしなかった。

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