第3話うなれ私の右手


 事実は小説よりも奇なり。

 とも言うが、私はまさしくこの渦中にいる。


 私には実は、前世の記憶がある。


 どの前世だよ、と思われるかもしれないので説明すると、スマートフォンと呼ばれるパソコンが凝縮して手のひらサイズになった万能機器が普及し、飛行機という名の空飛ぶ鉄で全世界に自由に移動が可能だった世界である。もちろん魔法なんてものはなく、あるとしても魔法のようによくできた手品が存在するくらいのものだ。

 

 魔法はいつだって物語の中にしか存在しなかった。


 断片的な記憶ではあるが、それだけでもここは十分に異世界だと感じた。


 ここには鉄の塊が空を飛びまわる事はない。


 ついでに言うなら、スマートフォンもないし、パソコンだってない。馬車はあれど、車はない。

 

 なぜこのタイミングで告白、いや、独白したかというと、機械はないけれども、前世にはないものがたくさん詰まっているこの素晴らしき世界について語りたかったからである。

 

 というのも、ご覧ください。

 わたくしの前方約50m先を。


 ぷるりとした、肉とも液体ともつかぬその体躯。

 滑るように移動するその姿からは、まるで愛玩動物のような可愛さが溢れている。


 愛玩動物は言いすぎたかもしれないが、動くゼリー、動く色水、動くゼラチン。

 愛らしいと言わずなんと言うべきか。


 しかし油断するなかれ。あの儚い姿からは想像もつかぬような鳴き声と凶暴さを持って触れたもの全てを溶かし尽くす酸性の液体で構成された生物なのである。

 その名もスライム。


 今世が私の生きていた時代からどれほど未来なのか、過去なのか、はたまた違う星なのかは不明だけれど、この生物を見るだけでも全く違う異世界であることが窺える。


 この世界には前世ではあり得なかった生き物が生息し、闊歩している。



 魔法が息づき、魔法が使える素晴らしさ。

 それを身をもって体感している最中である。


 興奮しないなんてウソだろう。

 魔法が使えるんだぜ?

 魔法が見られるんだぜナマで。

 す、素晴らしすぎる。


 おっといけない鼻息が荒くなってきた。


 学園でできたクラスメイトにも良く「スライムに興奮するなんてどんな人生送ってんだ」と言われたっけな。あれは完全に憐れみの眼差しだった。うん。懐かしい。


 それくらいどこにでもいるのだ。

 あ、蚊が飛んでる、くらい居る。

 森に入ればスライムに当たる。

 それくらいいる。

 

 この素晴らしさわかるだろう?と言うと少し押し付けがましくなるが、前世ではそれはそれはもう、白魔法黒魔法キラキラバチバチの世界に入りたいと思ったものだ。


 異世界系ロールプレイングゲームでは召喚魔法や魔法アイテム、レベルが上がると威力を増していく攻撃魔法に回復魔法。隠し味に回復アイテムを入れて料理をすれば魔法を使わなくても体力が回復する、なんてのもあったけな。


 流石にテレビに収まっていたゲームのように、便利で簡単なものはないし、服を着ただけでレベルアップ、なんて事は起こらない。


 しかしみんなの絶対的憧れの「魔法」があるのである。


「今日も目が覚めてからもう3回は参考書を読んだんだから……今日こそっ…………」


 絶対失敗しない。

 自分に言い聞かせると、次の行動に移せるだけのほんの少し、一握りほどの自信が湧いてくる。


 すう、と息を吸い込み深呼吸をする。

 心臓はバクバクしているし、手のひらは汗ばんできたような気もする。


 ぎゅっと手のひらを握りしめて、心の中で対象を真っ二つにする呪文を唱える。


 成功しますように成功しますように成功しますように……!


 うなれ私の右手。


 ぽわりと手のひらが温かくなると、握りしめた手の中にビー玉ほどの光の玉集まり、光の玉はあっという間に手のひらを覆うサイズになった。


 光の玉は開いた手から数センチ上昇し、プカリ、と宙に浮いた。

 これでも魔法感十分だが、まだ魔法は完成していない。


「よし……! 行けっ切り裂けっ!」


 グッと力を放出するイメージで、大きく振りかぶって投げる!

 これでいいのか悩ましくはあるが玉を投げると言えば、投球のポーズだろう。

 ブン、と勢いの良い音を立てて手から離れた光の玉は、真っ直ぐにスライムへ飛んでいき……。


 バシュッ、ジュワァァァ


「ひぇっ」

 

 スライムにぶつかり、光の玉は毒々しい紫のインクとなり派手に弾け飛んだ。


 もちろんスライムも一緒に、だ。

 

 自分がやった事だと言うのに、思わず声が出てしまった。


 直撃した魔法。


 弾け飛んだスライム。


 立ち昇る異臭。


 立ち尽くす私。



 発動した魔法は、「毒」



 告白しよう。

 

 私が魔法を使おうとするとその全てが毒魔法になってしまうのであった。



 おかしいな。授業で習った通り、教科書通りにやったのに。



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