第2話いらっしゃいませ、セナード魔具堂へようこそ
王城から徒歩10分、さらにシャルム魔法学校からも徒歩20分。
大きな広場を円状に囲むようにできている商店街はこの王都の胃袋や生活を支える大事な役割をになっている。
小さな露店から、大きな専門店まで。
ここ、王都パレは魔法の国と呼ばれるわが国の王都である。
隣国に比べてそこまで大きくはない。
魔法の使える民族はさほど多くはない。
希少と言うほど少なくもないが、はるか昔から助け合うと言う精神のもとで暮らしてきた民族のためか、領土を広げようという価値観はこの国に生まれなかったようだ。
しかしやはり魔法の力は大きいようで、隣国を攻め入る必要が今まで一度もなかったほど、豊かな土地や暮らしをしている。
道具屋、防具屋、雑貨屋、飲み屋に飲食店。
王都ということもあり、他の土地から訪問してくる客人も多く、毎日がお祭りのように賑わっている。
その中でも人気なのが、豊富な魔法の力と、魔法を用いた道具や宝石である。
これが観光に訪れる他国や国内のお客人に人気なのだ。
この国の魔法の道具を他国に持ち出しても問題はないのかというと、全てのものがそうだ、とは言えない。
他国に持ち出しても効果を維持できるもの、というのはあまり多くはなく、その効果自体も限定されているからである。
違法に持ち出したり、使用したりすれば必ずその痕跡は残ってしまうのが魔法というものだ。
適切な使い方をすれば、咎められることはまずないが、不適切な使用をすれば相応の報いを受けるようになっている。
そんな観光客や国民で賑わう広場の一角に、看板もない店がポツリと立っている。
鮮やかな外壁で彩られた建物ばかりがひしめき合う店々の間にそれはある。
ひっそりと佇むその店は、なぜだかとても馴染み、当たり前のようにそこにあった。
チラチラと窓の外に映るのは、楽しそうな観光客とカラフルな店の数々。
実にビビットカラーが目に染みる。
はぁ、と思わずため息が漏れた。
今日はいわゆる休日なのである。
休日ともなると、街に人がたくさんやってくるのはもう決まりきったことなのだ。
本日は晴天。
しかし私の心は荒れまくっている。
窓の外はこんなにもワクワクとハッピーが詰まったような世界なのにも関わらず、だ。
答えは簡単だ。
それは私がステラ・セナードであり、この国で初めて魔法学校を卒業できなかった生徒であり、悲しくもこの店が私の家であり、王都を守る騎士や、学生の購入するような商品を扱う店だからである。
窓から見える店はカラフルで素敵なのにうちの店と言ったら。
地味な外壁に、少しばかり手狭な店内は天井まで届きそうな棚がずらりと並び、ギッチリと詰め込まれた兵士向けの防具に宝石に魔法道具の数々。
うちの店に入ってくるのはお堅いお偉い様や、強面のガチガチの騎士。
キャッキャキラキラした観光客は寄ってなどこない。
それだけならまだしも、なんとここには私が卒業できなかった学校の生徒が時々買い物にやってくるという地獄が追加でセットされているものだから私のライフはゼロだ。くそっ。
はぁ、とまたため息が出る。
幸い、現在の来客者はなし。
店番は私一人。
このため息を聞くものは私以外は居ないため、誰かに咎められることはない。
手元にある帳簿を片手でよけ、分厚い本を取り出してペラリとページをめくる。
そこにはさまざまな魔法の使用方法が書かれており、さらには道具に魔法を忍ばせたり、薬品を作り出す方法などがびっしりと書かれている。
分厚い本ではあるが、私はこの本が好きだった。
学園に入るまでも入ってからも読み込みに読み込んで、どこにどんなことが書かれているのか死に物狂いで覚えた。そんな努力は虚しくもまるで意味のないものになってしまったが。
......自分で言って悲しくなってきたな。
なぜ私が退学になったのか。
魔力がなかった?
違う。
魔法が下手くそだった?
違う。
不真面目だったから?
違う。
退学になるようなマズイ事をやったのか?
これはちょっと惜しい。
なんなら私は近年の学生の中で飛び抜けて珍しいほど勤勉だったし、魔法に関して皆の中で当たり前で軽視している部分も隈なく勉強していた。
魔法や勉強に対して興味はものすごくあったし、実は生活態度や筆記テストは成績優秀者の枠にしっかり収まっていた。
ダメ押しに魔力も膨大にあったので、将来優秀な騎士や教師になるだろう、なんて教師からの期待も大きかった。かなり大きかった。
私も期待した。
それはもう期待しまくった。
まさか想像していただろうか?ここで致命的な問題が起こるだなんて。
魔法が成功しないのだ。
下手くそなだけか?それは違う。
魔法を失敗すると、魔法は発動しない。
違う魔法になったりは決してしないのだ。
火を出す魔法を使ったのに、水が出るなんてことは絶対に起こらないのである。
私の「魔法が成功しない」は、まさにこの現象が起こっていたのだった。
私は相当に落ち込んだし落胆し、ショックを受けた。
しかし両親は落胆しなかった。
幸か不幸か、好奇心と探究心の塊である両親は、傷心で出戻りしてきた娘に店を任せ、ヘンテコでポンコツな私の魔法を治す魔具や魔法を探しに旅に出たのである。
親の愛情ゆえの行動だと信じている。
いや、うそだ。
絶対好奇心の割合が半分を超えていることだろう。
もちろん、週に一度は魔具や素材が送られてくるので、日々の仕入れや道具作りはやっているようなのでこの店はうまく回っている。
しかし未だに肝心のポンコツに効く薬や道具は手元に送られてくることはない。
気がつけば午後である。
この愉快な窓の外を見ているのも気が重くなるばかりなので、重い腰を上げて立ち上がる。
商品棚の下の木箱の蓋を開ければ、指の長さほどのガラス瓶を数個手に取る。試験管のようなそれに栓がされているものだ。
中には赤紫の液体が揺れ動き、ぽちゃんと音を立てては、キラリと光っている。
「さて、そろそろこのガラクタを処分しないと……」
花の17歳。独り言が虚しい。
冒険者や研究者がよく使っているポケットのたくさんついた、腰に引っ掛けるタイプのカバンに小さなナイフとガラス瓶を収めていく。
ついでにポケットにも数本忍ばせる。
店のドアに閉店のカードを引っ掛けて、この国では今時珍しい銀の鍵で施錠する。
ガシャンと金属がぶつかる音を鳴らして施錠の知らせが耳に届く。
大きく重く、荷物になるこの鍵はこの国では随分と昔に引退しているのだ。
なぜなら、鍵をかける、鍵を閉めるといった行動はこの国において魔法でできてしまうからだ。
そんなレトロな代物をしっかりとカバンに仕舞い込み、街を歩く。
穏やかで賑やかな休日。
似つかわしくない武装を施した女性が1人歩くなんて何だかミスマッチである。
そんな事で傷つきはしないが、心は荒ぶってしまうのは仕方がない。
17歳。
花ざかりのはずの少女が向かう先が、悲しいがな、一般人は寄りつかない魔物が出るような森の中なのだから。
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