第5話終わりの始まり
ここ最近、気絶してばかりだな。この意識がなくなるふわっとした感覚は癖になるな。そんなことをぼんやりと思考しながら、僕は意識を取り戻した。
どうやら僕は広いベッドに寝かされているようだ。
ぼんやりした視界がだんだんと輪郭を取り戻していく。
復活した視界には見知った顔が二つあった。二人とも僕を真剣な眼差しで見ている。
左から僕を覗いているのは、僕を連れ去ったであろう佐伯未来であった。
右側から僕を見ている顔を認識した瞬間、僕は思わず驚愕の声をあげてしまった。
「か、母さん!!」
驚きのため、声が裏返ってしまう。
右側から僕を見ているのは中学生のときに病死した母親の護江であった。
母さんの顔は何一つ変わっていなかった。七年前と何一つ変わっていない。
「おはよう、灰都君」
にこやかな笑顔で母さんは言う。
病死したはずの母親が目の前にあらわれて、僕は明らかに動揺し、混乱していた。
「ど、どうして……」
その短い言葉を言うだけで精一杯であった。
「母さんね、九人の魔女から抜けるためにわざと死んだのよ。仮死状態ってやつかしら」
ふふっと母さんは微笑む。
死んだと思っていた母さんが生きていたのは正直嬉しいけど、あまりにも突然の再会すぎる。
「そうでもないわよ。あなたの体に
母さんは言った。
エリクサーってたしか吸血鬼症候群をおさえるための成分で僕の血液に含まれていると羽鳥愛梨が言っていたな。
それにしても母さんは僕の心を読んでいるような解答をするな。
「そりゃあ、血をわけた親子だものね」
母さんは血のところを強いイントネーションで言った。
「簡単に説明すると私の所属していた九人の魔女という組織は人類の数を激減させようとしているの。現在の地球環境が破壊されているのは人間の数が多すぎるからなのよ。そこで人口をだいたい5億人ぐらいにまで減らそうというのよ。そのためにある病気をばらまいたの」
そこまで言うと母さんは佐伯未来が持ってきたコーヒーを一口飲んだ。
「私はその計画、ヴラド
母さんの話しはあまりにも荒唐無稽すぎるが、その真剣な瞳は嘘を言っているわけではなさそうだ。
その話しはスケールが大きすぎて、僕の理解を越えようとしていた。
またコーヒーを一口飲み、母さんは話を続ける。
「灰都君よく聞いてね、ヴラド計画は始まってしまったの。すでに終わりが始まっているのよ。女性たちがおかしくなりだしているのはその前兆なの。そこで私は考えたわ」
母さんはそこで僕の頬を撫でる。
久しぶりに母さんに触れて、どこか心がやすらぐのを覚えた。
次に口を開いたのは佐伯未来であった。
「エリクサーは
佐伯未来はそう言い、僕の手を握る。
母さんがまた話しはじめる。
「私は考えたわ。ヴラド計画を逆手にとろうと思ったのよ。人間をあらたなステージにあげるためにね。吸血鬼症候群の女性は通常なら正気をたもてないわ。灰都君がいたら別よ。吸血鬼症候群におかされた女性でもあなたなら正気を保つことができるのよ」
佐伯未来がその話しの続きをする。
「私と灰都君の子供が新しい人類の祖となるのよ。護江博士の研究結果では私との遺伝子適合率は99パーセントよ。きっと素晴らしい子供ができるわ」
彼女はそこまで言うと顔を近づけ、キスをしようとする。
僕は抗おうとしたが、佐伯未来の力があまりにも強くて、逃れられない。
「吸血鬼症候群に罹患した女性はそれぞれ特殊な能力に目覚めるのよ。その力で人類を滅ぼすためにね。未来ちゃんの力は強欲、すべてのものを手に入れたいという欲望のちからよ」
豊かな胸の前で腕を組んで、母さんは言う。
にこりと歯を見せて、笑った。
そこには尖った犬歯が見えた。
それは吸血鬼の牙だ。
母さんも吸血鬼症候群にかかっていたのか。
小さな試験管に入っている赤い液体を喉をならして、母さんは飲んだ。
推測だけど、それは僕の血液だと思う。
ふーと息を吐いて、恍惚の表情を浮かべる。
「はー美味しい。これこそ私の最高傑作ね」
母さんは唇についた血液を指でぬぐい、それも舌でなめとる。
その時、バリンッという大きな音がする。
ホテルの大きな窓が破られて、誰かがそこから侵入してきた。
それはコウモリの羽を生やした羽鳥愛梨であった。
「私たちの愛を邪魔する者がきたわね」
殺気を込めた眼で佐伯未来は言う。
「あら、怠惰のエリザベート・バートリーじゃないの。失敗作がなんのようかしら」
余裕の笑みで母さんは言った。
「灰都君は私のものよ。返してもらうわ憤怒の魔女モリガン、それに強欲のカーミラ」
体についたガラスの破片を手で払い、羽鳥愛梨は言った。
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