第3話夢の中の母親

羽鳥愛梨に抱きしめられ、僕は眠りについた。女子に抱かれて眠るのはこんなに気持ちいいものなんて思わなかった。こんなのを体験したら、もう一人ではいられないかもしれない。


そして僕は夢を見た。

それがなぜ夢かとわかるかと言えば、中学生のときに亡くなった母親が目の前にいたからだ。

ベッドに寝かされ、僕は輸血を受けていた。

母親は僕の手を握り、じっと顔を見ている。

僕も母親の顔を見る。

血の気のひいた、青白い顔をしている。

今思えば、それは貧血の症状だ。

そうだ、思い出した。

母親は定期的に自分の血を僕に輸血していたのだ。

「私の体で作った賢者の石はあなたの体でエリクサーになるの。そう遠くない未来、ある病気が女性たちを襲うの。あの人たちの悪意を防いで……」

顔色の悪い母親はそう言った。



「母さん……」

目覚めると羽鳥愛梨の美しい顔が目の前に乗ってあった。その距離はほぼゼロだ。鼻先と鼻先が触れあい、温かな吐息が僕の頬をぬらす。

母さんなんて言葉を寝起きに言うなんて、これじゃあまるでマザコンじゃないか。

恥ずかしさで体が熱くなる。


カーテンの隙間から、日の光が漏れている。

もう、朝だ。

壁の時計を見ると午前七時をさしていた。

「あっ会社いかなくちゃ」

僕は起き上がろうとする。

体はすっかり回復していた。

羽鳥愛梨は僕の腕をつかむ。

「会社なんていかなくていいじゃない。私と一緒にいましょうよ」

羽鳥愛梨は耳元でささやく。

それは甘美すぎる誘惑だった。

いったいこの世の男子の中で羽鳥愛梨にこんなことを言われて、それをふりきることができる人間が何人いるだろうか。

世界は広いからもしかするといるかもしれない。

でも、それはきっと僕以外の誰かだ。

僕はその誘惑にあっさりと負けてしまった。


僕はスマートフォンをとり、会社に電話した。体調不良を理由に休むとつたえた。実際に血を吸われて、貧血だったのだから嘘をついていない。

僕の様子を見て、羽鳥愛梨はにこりと微笑んだ。

「そうよ、それでいいの。あなたは私に血を飲ませてくれれば、他に何もしなくていいのよ」

羽鳥愛梨はそう言うと僕の唇をペロリとなめた。柔らかくてヌメヌメとした感触が、味わったことのない快感を僕にもたらした。

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