AYA世代での乳がん発覚から遺伝学的検査をしてフラットな胸を選択するまで

休み休み

AYA世代での乳がん発覚から遺伝学的検査をしてフラットな胸を選択するまで

 乳がんを発見したのは偶然で、友人と登山して帰って、ベッドに横たわったときでした。

 片方の胸に小さな水ぶくれのようなものを見つけ、翌日、最寄りの乳腺科クリニックにかかりました。

 ちょうどワクチン接種をしたばかり、注射をした側の胸だったので「腋のリンパの腫れが胸にも来たのかな」と軽く考えていましたが、胸の水疱すいほうを針で刺して採取して検査に出してもらい、3週間後には乳がんだと告知されました。

 おそらく今まで胸の乳腺の奥に隠れていた病巣が、登山中、リュックサックのショルダーベルト同士をつないだストッパーが胸を強く圧迫し続けたために、偶然、皮膚の表面側に押し出されて移動し、気づけたのだと思います。


 手術できる総合病院を紹介され、そこで乳がんだと再認定された後で「AYA世代のがんだから」と遺伝学検査を勧められました。

 AYA世代アヤせだいというのは15歳から39歳のがん患者を指す言葉で、小児がんや40歳以上の成人がんと区別するために使われます。

 AYA世代のがんの原因は一般的には遺伝が大きいと考えられているようで、特に乳がんの場合は「遺伝性乳がん卵巣症候群になりやすい遺伝形質かどうか」で手術や治療の内容も大きく変わる、と乳腺外科の先生からの説明を受け、遺伝学的検査を受けることにしました。


 遺伝学的検査は、民間企業のサービスにあるような遺伝子検査などとは違うようで、患者個人だけに限定するのではなく、患者の血族に焦点を当てた医学的アプローチです。

 遺伝子検査の方は、個人に限定した後天的な変異を調べるだけに留まりますが、遺伝学的検査は血のつながった祖父母や両親、両親の兄妹姉妹とその子、自身の兄妹姉妹とその子に関する情報をもとに、一生涯変異しない遺伝情報について調べます。


 といっても、ゲノム科の専門医に血族の病歴を伝えて、採血して、アメリカの専門機関に送るだけなので、それなりのお金と時間はかかりますが、特に大変なものではありません。

 ただし「もし遺伝性乳がん卵巣症候群になりやすい遺伝形質だった場合、まずは私の兄弟姉妹、続いて、その子たちに遺伝学検査を勧めた方がよい」という説明がありました。


 遺伝性乳がん卵巣症候群は、名前のとおり、遺伝的に乳がんと卵巣に悪性腫瘍あくせいしゅようができやすい特性を指します。

 そして、遺伝性乳がん卵巣症候群の場合、現在の日本の法律において、乳房と子宮の予防切除が許可されるため、私はもちろん、私以外の血族の人生の選択肢が広がるのです。

 予防切除よぼうせつじょというのは、実際にがんになる前に、遺伝的にがんになりやすいとわかっている部分を手術して取り去ることです。


 私の結果は、今時点で「遺伝性乳がん卵巣症候群ではない」というものでした(ゲノムのデータベースが充実した結果、後で結果そのものが変わる可能性もあり、変動があった場合はゲノム科から連絡がある)。

 乳がんになりやすい遺伝子は複数あるので、別の遺伝子の可能性はありました。

 しかし「治療法に選択肢がある遺伝性乳がん卵巣症候群ではない以上、他の可能性を追求しても、治療法の選択にはつながらない」という説明を受けたので、深追いしませんでした。


 なお、私は「乳がんと診断されて全摘手術が決まったのとは別の方の胸にも、乳がんの疑いがある」と診断されていました。

 二、三回ほどもう片方の胸の一部を採取したものの、乳がんと確定しなかったために「乳がんと確定している方の全摘手術をした際、一緒に乳がん疑いの方の胸も部分的に切除したい」と提案されました。


 その時の私は「遺伝性乳がん卵巣症候群かもしれないから、片胸を全摘して、もう片方の胸は予防切除しよう」と覚悟を決めていたので、戸惑いました。

「遺伝性乳がん卵巣症候群じゃなくても、乳がんかもしれないし、今後乳がんになるかもしれないなら、もう片方の胸も全摘手術できないか」と聞いたら「遺伝性乳がん卵巣症候群以外の患者の予防切除は法的に認められていないし、がんと確定していない部分を全摘はできない。もし、もう片方も乳がんと確定した場合は改めての手術になる」と返されました。


「片胸だけなら、標準治療どおりにシリコンを入れて胸を整えよう」と思っていましたが、形成外科の先生のお話を聞いたこと、もう片方の胸も乳がんで全摘になるかもしれない可能性を考えて、フラットな胸にすることを決めました。

 フラットな胸というのは、皮の余った胸にシリコンなどの詰めもので整えず、平なままにすることです。

 胸のシリコンは10年くらいで交換が必要になること、シリコンのパックが劣化して破れるリスクがあること、低確率ながらシリコンアレルギーになる例があることを聞いて、そう何度も胸のことで悩まされたくないと思って、決めました。

 標準的な乳がんの手術は、自分の胸の大きさと形にあわせたシリコンを発注してもらい、詰め物を入れる想定で皮膚をたるませ、専用の器具エキスパンダーを入れて皮膚を伸ばす手順で進めるので、フラットな胸にしたいのであれば、きちんと「フラットでお願いします」と主治医に伝える必要があります。


 ちなみに、事前に調べて「保険適用外の方法だが、体の脂肪を胸に注入できないか」と相談もしましたが「胸の容量分を脂肪でまかなえないから無理」と返されました(当時の私のブラサイズはG70〜F75辺り)。


 手術の結果、全摘した方の乳がん疑いのあった胸は「乳がんではなかった」と判定されたため、片胸はフラット、もう片方は元の大きさの胸(切開して乳腺をとったからやや容量が小さくなってはいる)という左右差がある状態になっています。


 少年漫画好きにしか伝わらないかもしれないですが、胸周りのシルエットは、幽白のキャラクターのむくろ彷彿ほうふつとさせます(こちらは斜めの傷口がひとつあるだけで、熱傷等はありませんが)。


 ここで強調したいのは、全摘した胸と、部分的に切除した胸とだと、回復の速さが段違いということです。

 部分切除の方の胸は翌日には腕を動かすときの違和感が消え、一年後にはマンモグラフィーの検診で挟まれても何の問題ありません。

 一方、全摘の方は腕を動かすときの違和感が続き、今でも長く活動すると痛みます。

 痛み止めの薬を長く飲みすぎた結果、消化器科にもかかるようになっています。


 つまり、部分切除でいける可能性が高い初期のがんなら、社会復帰も早くなるので、毎年、定期的な乳がん検診を受けることが重要です。


 私の場合、大きさは直径約3センチ、ペットボトルのフタを二つ重ねたくらいで、初期がんを通り越して、ギリギリ早期に入る乳がんでした。

 リンパ節に転移する前だったため、早期に発見できたことは幸運だったと思います。

 コロナ禍で病院を敬遠していた時期だったので、気づいて行動を起こしてなければ、今よりきつい治療を受けているか、あるいは、この世にいない可能性もあったでしょう。


 一説によれば、がんは1センチになるのには10年以上かかりますが、1センチから2センチになるのには1年程度、若いと大きくなるのも早く、手遅れになりやすいそうです。


 経験上、1センチ未満のがんは、発見されない確率大です。

 毎年のように乳がん検診を受けてきて、節目で女性特化の人間ドックも受けたのに、何の指摘も受けませんでした(良性の腫瘍が見られる、とも言われなかった)。

 1センチから大きくなる段階であれば高確率で発見できるので、タイミングを逃さないことが重要なのです。

 私の場合、不運なことにちょうどコロナ禍で数年に渡って受診控えをしていました。

 これを目にしたのも何かの縁、ぜひあなたの大切な人が悲しまないよう、乳がん検診を勧めてください。


 ちなみに、以前、がんが発見される確率について統計を調べた限りでは、20代で1%以下の小数点の確率で、30代で3〜4%程度でした。

 身近な例としてソシャゲでたとえるなら、ガチャ一発で20代ならSSR、30代ならSRを引き当てるようなイメージです。

 つまり、当たらない人は当たらないですが、当たる人は当たります。


【おまけ】フラットな胸の選択をして一年を振り返っての所感


 手術して1年、正直、よい選択だったかはまだわかりません。

 ケロイドになりやすい体質なので、傷口が盛りあがらないよう、皮膚科で湿布をもらって、貼り続けています。

 個人差なのか、フラットな胸にしたことの弊害へいがいなのかはわかりませんが、1年以上、フラットにした方の胸が痛い状態が続いており、お灸などの温熱療法を試しています。

 しばらくパソコンに向かって腕をあげているだけで、夕方には胸の痛みが強くなります。


 なお、乳がんにかかった身内で、別の方法をとった者は、それほど胸の痛みを訴えていませんでした。

 罹患りかん時の年齢も、乳がんの種類も、進行度も、治療法も違うので、一概に比較できませんが、そういう例もあると知っておくとよいかもしれません。


 あと、女性の自覚が強い方は、歳を重ねても、胸が傷ついたことによる喪失感が強く出るみたいなので、フラットな胸にしない方がいいように思います。

 私の場合、そこまで女性の性や胸にこだわりがありませんでした。

 元々は中性的な服を好んでいましたが、胸が大きくなって合わないと感じ、仕方なく肉体にあわせた格好をするようになったことを考えると、ジェンダーが無性なのかもしれません。

 温泉でフラットな胸と左右差のある胸を見られるのも、特に抵抗はありません。

 ただし、傷口がもろに見えるのと、むやみに人を驚かせたくないという思いから、入浴施設に予め使用許可を得たうえで専用のカバーをかけて入浴します。


 日常的には、ワコール製の厚みのあるブラパッドが1枚にまとまっているタンクトップを使って、何とか左右差を誤魔化ごまかせています。

 パッドが左右に独立しているタイプは引っ張られて傷口にあたるので、使いづらいです。

 コットンで前開きの乳がん用ブラは入院中は使いましたが、退院後は使っていません。

 普通のブラジャーに詰め物を入れて使う場合、傷口に当たって痛いので、長時間は無理、胸の痛みが完全になくなってからでないと使えません。

 片方だけホールドする市販のブラはないのですが、ワコール製のリボンブラを改造し、フラット胸の方だけホールドする内側のパッド部分を切り落としたものは、わりと使えます。


 一連の経験を総括して思うのは、すべては遺伝子で決まるんだな〜ということです。

 元気で健康な方は、それだけで強運です。おめでとうございます。

 小さい頃から虚弱な体質でしたし、乳がんの発がん性が高いという説がある乳製品を摂らないなど健康に気を遣ってきましたが、すべては無駄な行いでした。

 プログラムが規定された以上の振る舞いをしないように、何をしようが、病気になる人はなるし、ならない人はならないものなのです。

 それでも、自身の得た知識で判断して、いくつかの未来は選べるものだと信じています。

 心身の「何だかおかしいな」を放置せず、ぜひ、あなたも後悔しない選択をしてください。

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