第8話 初めてのプレゼント
サンドイッチとケーキを食べ終えてお茶を飲むと、カリーナがヴェンデルガルトに提案をした。
「湯殿へご案内します、二百年魔法で時が止まっていたようですが、湯浴みをされてさっぱり致しませんか?」
「まあ、よろしいんですか?」
ヴェンデルガルトは、嬉しそうな声を上げた。
「ビルギットさんも、是非。まだ不慣れなここでは、ヴェンデルガルト様はご不安でしょうから。勿論、私がお二人と共に参ります」
「姫様と一緒なんて、とんでもない!」
「お願い、ビルギット。カリーナさんの言う通り、まだこの国の事が分からない私は、一人では少し怖いわ」
ヴェンデルガルトに頼まれると、ビルギットは困った顔をしたが頷いた。
「カール様」
話がまとまると、カリーナがカールに歩み寄った。
「ヴェンデルガルト様が湯殿を使われている間、ドレスを用意して頂けませんか?」
「は? え、そんな、俺はそんなこと疎いから……」
二人はこちらの話を聞かず楽しそうに話している二人に隠れて、話を続ける。
「サイズは店に連絡しておきますので、『カール様からのプレゼント』としてヴェンデルガルト様に送られたら、きっとお喜び頂けるのではないのでしょうか?」
カールは、カリーナがヴェンデルガルトに気がある事に気が付いて、応援してくれているのだと理解した。
「そ、そうだな……ドレスも今着ているものだけでは、不便だろうし……」
自分への言い訳のように、カールはそう呟いた。それを聞いたカリーナがにっこりと笑った。
「それでは、お二人を湯殿にご案内しますね。カール様、では後ほど」
綺麗なお辞儀をして、カリーナはカールを外に出した。部屋の外に出ると、部屋の前に立って護衛をしていた部下が少し驚いた顔をしている。
「団長? 顔が赤いようですが、何かありましたか?」
「王女は無事に目覚められたのですか?」
「ああ、王女は意識もはっきりしている――俺は少し街に行く用事が出来た。ヴェンデルガルト王女とメイドのビルギットさんは、これから湯浴みに行かれる。城のメイドのカリーナが付き添うので、護衛を頼む」
そう言うと、カールは街の貴族御用達のドレス店に一人で向かった。
「おや、カール様。あなたがここを訪れるなんて珍しい」
店の店主は、騎士服にマント姿のままのカールが店に入ってくるのを見て、少し驚いたようだ。
「その……ドレスを、プレゼントしたくて……」
恥ずかしそうに頭を掻くカールに、店主はにっこりと微笑んだ。
「カール様も年頃ですし、素敵な
店主は面白がって聞く事なく、カールを微笑ましく見ながら若い女性用のドレスの展示場所に向かう。
「濃い金色の瞳で――同じく金の髪の十五、六歳のとても可愛らしい人なんだ」
「おや、金の髪に金の瞳ですと? それはなんとお珍しい。その様な方が、社交界にいらしたでしょうか?」
ドレスを広げる店主は、カールに不思議そうに訊ねた。首都であるこの街にいる大半の淑女たちは、ここでドレスを買ったり仕立てている。その様な客に見憶えない店主は首を傾げた。
「事情があって――これから、城で生活されるんだ。ドレスがなくては、不便なので……その、送ろうかと思って……」
普段、騎士団を率いて魔獣と戦っている勇ましいカールではなく、初恋に戸惑っているあどけない初心な少年のような姿だ。
「それはそれは。では――素敵なドレスを、是非選ばなければいけないですね」
より笑みを深くした店主は、カールに様々なドレスを広げてみせた。カールは自分が女性用のドレスを選ぶ事になるとは思わなかったので、どれがヴェンデルガルトに合うのかさっぱり分からなかった。
「あ、それは」
カールが目に留めたのは、薄桃色の可愛らしさを表現したレースが目立つドレスだ。胸元を強調しない、可憐なヴェンデルガルトに良く似合う様にカールには思えた。
「ふむ、このデザインが似合うお方なのですね。それでは、こちらとこちらはいかがでしょうか?」
店主は、そのドレスの横に同じように胸元を強調しない、可憐でレースが多い薄い青のドレスと薄い緑のドレスを並べた。
「う……どれも似合いそうで……」
「懐の広い男性は、女性にモテますよ?」
「カール様の為に、お値段は考慮いたしますよ」という店主に、カールは赤い顔のまま頷いた。
「三着、プレゼント用に。サイズは、後ほど城から知らせが来る」
「かしこまりました。綺麗に包んでお届けいたします」
代金も後ほど届けにくる、と店主に告げてカールは急ぎ足で城に戻った。産まれて初めて、女性にプレゼントをする。
「気に入ってくれると良いんだけど」
赤い顔を何とか冷やそうと手で仰ぎながら、カールはヴェンデルガルトが目覚めた事を報告する為、ジークハルトの執務室へと向かった。
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