第7話 俺が護ります
「まあ、本当に今は一八〇四年なんですね」
ひとまず落ち着いたヴェンデルガルトを名残惜しそうに離したカールは、再び彼女をベッドに座らせた。あまり女性の服に詳しくないカールだったが、レースやフリルが多い胸元を強調したドレスの女性を城でよく見ている。だが沢山の刺繍で豪華で重い、そしてレースが少なく露出が少ないドレス姿のヴェンデルガルトは、カールには珍しかった。
カリーナは直ぐにお茶とサンドイッチ、ケーキを持って来てくれた。手伝おうとしたビルギットだが、今の作法を知ろうと彼女の動きを眺めていた。
「私とビルギットは一六〇〇年に古龍の元に行って、二年過ごしていました。それから、二百と四年寝ていたんですね」
「実は、王女たちが覆われていた殻を割るのに二年かかったんです。古龍が使っていた言語で封印されていたので、今は廃れてしまい調べるのに時間がかかりました。姫たちが眠る殻を見つけたのは、一八〇二年です」
温かい紅茶の香りが部屋に漂う。それに、ヴェンデルガルトは落ち着いたようだ。
「まあ！ これはローズティーね？ 私の大好きな茶葉だわ」
「ヴェンデルガルト様のお世話を承った時に、王女の好みを調べておきました」
カリーナは微笑んで嬉しそうに頭を下げた。ヴェンデルガルトの願いで、カールとカリーナにもお茶が用意されている。
お上品に食べる他の令嬢たちと違い、ニコニコとヴェンデルガルトは美味しそうに大きな口でサンドイッチを食べた。ビルギットも、遠慮しながら一緒に食べる。「美味しいわ」と嬉しそうな彼女の笑顔に、カールもカリーナも笑顔になる。
「それで――バッハシュタイン王国は滅んだと聞きましたが……私が寝ている間に、何があったのでしょう？」
至極当然な言葉だったが、それを聞いたカールとカリーナの表情が強張った。
「――一六〇二年。東で古龍の亡骸が見つかりました。驚異がなくなった時に、バッハシュタイン王国のゲープハルト・ハイノ・フンベルト・アインホルン辺境伯が挙兵しました。その年にアインホルン辺境伯が、新しくバルシュミーデ皇国を作られました」
カールは言葉を選びながら、ゆっくりとヴェンデルガルトに説明する。今の国は、彼女の国を侵略して作られた国だからだ。
「――そう。アインホルン辺境伯が……姉様との婚礼だけでは不満だったんですね」
二番目の姉が嫁いだ先だ。調べれば分かるだろうが、ヴェンデルガルトの二番目の姉以外は処刑されている。しかし、二百年経っているのだ。彼女が知っているものはもういない筈だ。カールは、それを敢えて話はしなかった。
「私、いつまでもここにお世話になる訳にはいかないわね。何時頃出て行けばよろしいかしら？」
「そんな！ 王女を放り出すなんてことできませんよ！」
ヴェンデルガルトの驚く言葉に、カールが思わず声を上げた。
「ヴェンデルガルト様の姉君は、バルシュミーデ皇国の最初の皇后です！ 同じ血族です、皇帝がそのような判断をするとは思いません」
「でも――私は、今は貴族でも何でもないわ。ただのヴェンデルガルトよ」
「いいえ、あなたが高貴なお方であることは間違いない事です！ もし城を出るようなことがあれば、俺があなたを引き取りお護りします！」
カールの突然の言葉に、三人の女が動きを止めた。
「カール様、恐れながらそれは婚礼のお申し出ですか？」
カリーナがそう尋ねると、カールは思わず自分が大胆な発言をした事に気が付いて、一瞬にして真っ赤になった。
「いやいや、そう言う訳では！」
「女性に奥手のカール様の発言とは思えませんね」
「カール様、落ち着いて下さい。これでもいかがですか？」
ヴェンデルガルトが、フォークにケーキを乗せてカールの口元に寄せた。自然な仕草だったので、カールは思わずそれを口に入れた。
「まあ、ふふ、可愛らしい」
ビルギットが、思わず笑った。カリーナも吹き出して、ヴェンデルガルトが小さく笑う。恥ずかしさにカールは、ヴェンデルガルトのベッドの端に顔を押し当てて隠した。
「とにかく、俺はあなたの味方です。何時でも必ずお守り致しますから」
顔を赤くしたままのカールの言葉に、「有難う」とヴェンデルガルトは華のように微笑んだ。
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