第六夜 信者

 五月は公共料金などのお支払いをするお客さまが多いです。

 かく言う私もつい先日、自身の所有する原付の税金を納めたばかりでした。

 営業時間の決まっている市役所などに行くよりは、二十四時間営業のコンビニで支払えるのはやはり楽でいいです。


 今日も今日とて何十人ものお客さまの公共料金のお支払いを担当しました。

 五月の下旬、社会一般的に給料日と言われる二十五日以降はお支払いのお客さまがとくに増えて、お店控えの紙がかなりの束になって事務所に置かれていました。

 もちろん公共料金のお支払いだけではなく、お給料が入ってタバコをカートンで買う方や少しお高めのスイーツを購入されているお客さまもいます。

 私も今日の仕事の後に自身へのご褒美としてアイスを買ってから帰るつもりでいます。

 なにを買おうかと考えながら掃除をしていると、レジにお客さまが並びました。

 私は掃除の手を止めてレジに駆け寄ります。そのお客さまはお支払いに来たようで、バーコードのついた紙を差し出しました。

 このバーコードをピッとスキャンするとお支払いの画面になります。お客さまに画面の確認をしていただき、お金を払っていただいてからスタンプを押してお客さま控えを渡しました。

 お客さまは給料日後だからか、随分とご機嫌で終始ずっとにこにことされていました。

 でもこんな時間にあの年代の主婦の方が来るなんて珍しいものです。


「まぁ、寝る前に気がついて忘れないうちに払いに来たのかな」


 私はそう思い、とくに気に留めることなく掃除に戻りました。

 しばらくして、今度はおじいさんがレジに並びました。彼もご機嫌な様子でにこにことしています。

 この方もお支払いに来たようです。バーコードをピッとスキャンして、お金を払っていただきました。


「ありがとう」

「ありがとうございました!」


 控えを受け取ると礼を言って店を出るお客さまに大きな声でお礼を言って見送りました。

 こんな時間に一人で大丈夫でしょうか。意識ははっきりとしていましたし、別に夢遊病や徘徊ではないのでしょう。

 お年寄りだからとそんな心配をしても無駄だと思い、私は掃除を終えて別の作業に移りました。


「……あれ?」


 歩いているとレジの下に汚れがあるのに気がつきました。おそらく誰かがジュースでも溢し、それが蒸発して汚れたのだろうと判断して濡らした雑巾で拭きました。

 少ししつこい汚れでしたが、何度も拭いていると床が元通りの色になりました。汚れを落とせて満足していると、頭上から声が降ってきました。


「すみませーん」

「あっ、すぐ行きます!」


 顔を上げるとそこにはお客さまの姿がありました。汚れを落とすのに夢中で気が付かなかったようです。

 お客さまに謝罪をし、すぐに接客をします。

 この方もお支払いに来たようです。慣れた手つきでスキャンしました。

 そのあとはお支払いをしていただき、控えを渡す。この作業は結構慣れたと胸を張って言えると思います。

 お客さまは笑顔で店を出て行きました。

 今日はやけに上機嫌なお客さまが多い気がします。先程のお客さまも終始笑顔でしたが、正直なところ貼り付けたような笑顔に感じて少し怖かったです。

 私がレジでお待たせしてしまったからでしょうか。それは申し訳ないことをしてしまいました。

 ですが気になるのは、先程のお客さま以外の方の笑顔です。

 最初に来られた主婦の方。その後のおじいさん。誰も彼もが笑顔で、しかしその笑顔がどこか不気味な印象を抱かせていました。

 気にしないようにと心に決めていたのですが、それでもここまであの不気味な笑顔が続くと気になってしまいます。


「そういえば……あのお客さまたちはなんのお支払いに来ていたんだろう」


 少し魔がさして、私は控えをあさって先程のお客さまの支払いの控えを見ました。

 振込先はどこかで見たことのあるようなお店、なのでしょうか。どこかの会社かなにかに七千七百七十七円のお支払いをしていました。

 そういえば、と他のお客さまの控えも引きずり出します。たしか私の記憶が間違えていなければ、他の不気味な笑顔のお客さまのお支払い金額も七千七百七十七円だった気がします。


「……やっぱり同じだ」


 私が接客した不気味な笑みのお客さまはみなさん、同じところに支払いをしていました。

 そして金額はすべて七千七百七十七円。

 ここまで揃うと、どうしても不気味に思ってしまいます。


「お、お疲れさまー」

「あっ、外原さんお疲れさまです」


 その時、駐車場のゴミ拾いをしていた外原さんが店の中に戻ってきました。

 長時間の掃除に疲れたのかぐったりとした様子の外原さんはお茶を飲むと、スッと私の隣に来て私の手元に視線を向けました。


「どうかした?」

「いえ、とくになにか問題があったわけではないんですけど……ちょっと不気味だなって思って」

「不気味? うわ、変な金額だね」

「やっぱりそう思いますよね?」


 これは公共料金ではないので、お支払い金額はお客さまによってまちまちです。ですがここまで金額が揃い、しかも七のゾロ目なのが気にかかります。

 外原さんと二人で控えを見ていると、他の控えにも同じゾロ目の物が多々ありました。


「うっわ、なんだろ、これ。こんな偶然あるのかな。振込先は……あれ、ここって」


 振込先を見た外原さんが怪訝そうに眉を顰めました。


「どうかしたんですか?」

「いや、この振込先になっている会社さ。たしか先月解体されたんじゃなかったっけ?」

「え? ああ、そういえばたしかに、私もこの前ニュースで見ました」


 どうりで見覚えがあるはずです。

 こちらの振込先になっている会社は先月バラバラになったはずの会社です。いえ、ここを会社というのも少しおかしいでしょうか。

 この振込先に指定されている名前の場所は実際には存在しない会社名で、虚偽の会社にお金を振り込ませていたということで、そこの偉い方たちが警察に捕まり、その名だけの会社も無くなったとニュースで報道していたのを見たことがありました。


「たしか霊感商法してたんだったかな?」

「これ、お支払いに来たお客さまたちは大丈夫なんでしょうか? 詐欺ってことですよね?」

「そうなるのかなぁ? いちおう店長に連絡しておくよ」

「お願いします!」


 店長に連絡するために外原さんは事務所に引っ込みました。

 笑顔でお支払いに来たあのお客さまたちはこの会社が詐欺でお金を巻き上げていたことを知らなかったのでしょうか。


「……あんなに連日ニュースで報道していたのに?」


 いや、いやいや。もしかしたらあのお客さまたちはテレビを見ない派なのかもしれません。だから詐欺に気が付かず、会社がないことにも気が付かすにお支払いにやってこられた。そうなのでしょう。


「すみません、レジよろしいですか?」

「あっ、はい。すぐに」


 困惑していると、いつの間にかやってきていたお客さまに声をかけられてハッとして接客しました。

 この方はお支払いに来たようです。お支払い金額は――七千七百七十七円。


「あの……」

「はい?」


 にこにこと愛想の良いお客さまは私の困惑気味の言葉にも笑顔で反応してくださいました。


「こちらのお支払いはしない方がいいと思います。ほら、この振込先ですけど、先月テレビで」

「ええ、そうらしいですね。ではお会計お願いします」

「えっ?」


 このお客さまも例の会社に支払おうとしていました。ですので止めようとしたのですが、お客さまは笑顔で頷くと財布からお札を取り出しました。

 そんな態度を取られるとは思っていなくて、つい素っ頓狂な声が漏れてしまいました。


「振り込みをしないと」

「でもここは……」

「こっちが払うって言ってんだろうが!」

「ひっ!」


 再度止めようとすると、先程までにこにこ笑顔を浮かべていたお客さまが顔色を変えて怒鳴ってきました。

 突然の豹変ぶりに怖くなって口から勝手に悲鳴が漏れました。


「でも」

「はやくしろ!」


 お客さまは完全に怒ってしまったようです。先程までの笑顔はどこへやら、鬼のような形相で怒鳴り声を上げ続けています。

 怖くて動けません。どうすればいいのでしょうか。


「お待たせしましたー! こちらお支払いお願いします」

「ああ」


 レジで怯え上がっている私に気がついたのか、事務所から外原さんが飛び出してきて私の代わりにレジを担当してくださいました。


「あの、この振込先」

「シッ」


 私が外原さんに状況を伝えようとすると、外原さんは私に黙るように指示してお客さまの対応を終えました。


「ありがとうございました」


 支払いを終えたお客さまは笑顔に戻ると、にこにこと愛想よく会釈をして店を出て行きました。

 先程から何度もお客さまの異常な豹変を目の当たりにして、正直今にも泣いてしまいそうです。


「今日のことは気にしなくていいよ」


 私がべそべそとしていると、外原さんが車に乗り込むお客さまを見つめながらそう言いました。


「気にしなくていい、とは?」

「あの会社のこと、さっきのお客さまのこと、全部。忘れてしまっていいレベル」

「えっと、店長とのやりとりでなにかあったんですか?」

「……気にしないで!」


 にこっと笑顔を向ける外原さんに、これ以上の追求はできずにこの日は仕事を終えました。

 のちに店長に聞いた話では、架空の会社が無くなった今もそこに支払いをしにくるお客さまが時どきいるそうです。

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