第四夜 新人研修

 わりと自堕落な生活を送っている自負はありますが、そんな私でも私用で朝から行動することだってあります。

 と、いっても月に一度程度ですが。


 今日は月一で通院している睡眠外来に行く日で、その病院は午前中しか診察を行っていないため、私は朝から原付に乗って病院へと向かいました。

 病院で受付をして先生と話をし、薬を処方してもらうと近くの薬局に寄って薬を受け取る。

 大勢の人が集まる病院から抜け出して、ほっと息をはくと、帰宅のために原付を走らせました。


「お腹すいたなぁ……」


 今日はとくに患者さんが多い日で、待ち時間が長く、お腹が空腹を音を鳴らして何度も知らせました。

 今から家に帰ってなにか作るのもめんどくさいです。そうだ、こういう時はコンビニで弁当でも買おう、と私は目的地を家から自身の勤務地でもあるコンビニに変更しました。


 原付をコンビニの駐車場の一角に止め、ガラス張りのコンビニの中を覗くと、そこには昼間に勤務している方たちがレジにいるのが見えました。

 時刻は十二時過ぎ。ちょうど昼時です。

 レジの前にはたくさんのお客さまが並んでいて、みなさん弁当やカップ麺などを持って会計の時を待っているようでした。

 人が多い時に私まで並ぶのは申し訳ないかなと思いつつ、私はコンビニの中に入ると素早く弁当を選び、ついでに飲み物もカゴに入れるとレジの列に並びました。


 稼働している二台のレジはどちらも女性が担当されており、今日が平日であることと、昼時であることを考えると彼女たちは定年で仕事を辞めてここで働いているか、それとも子育てが落ち着いて働き始めたかのどちらかなのだろうと考え、いややっぱり私のような人もいるかもしれないと首を横に振りました。

 まぁ少なくとも二人とも、見た目からして学生さんでは無さそうです。

 自身の番が回ってくると、レジで会計をして買った物を原付の座席の下の収納に仕舞いました。


「……あれ?」


 コンビニに入った時には気がつかなかったのですが、今日のシフトはどうやら三人だったようです。

 レジを打っている二人とは別に、もう一人若い男性が商品の補充を行なっているのを見て、私は少し驚いた声を出してしまいました。

 見た感じ、高校生くらいでしょうか。あれほど若い方がこのコンビニにバイトで入ってくるとは珍しいものです。

 彼は人当たりの良さそうな笑みを浮かべながら、自身の仕事をしっかりと行なっているようでした。

 私も頑張らないと。私の勤務時間は夜勤で、しかも今日は勤務の日ではありませんが、少し慣れたからといって気を抜かないようにしなきゃ、と兜の緒を締め直しました。



 うちのアパートはそう立派なものではありません。

 一人暮らしのフリーターが家賃を払えるくらいの築年数で、二階建てのアパートにはもちろんエレベーターなんてものは着いていません。

 といってもたかが二階なので階段登ってすぐなのですが。

 二階に上がる階段の、一番手前の部屋が私のお借りしていいる部屋です。壁はそう厚くはなく、時折隣人さんがテレビを見ているのか笑い声が響いてきたり、小さなベランダに設置された洗濯機の音が壁越しに振動を伝えてきたりします。

 入室当初は些細な物音に気を張っていたのですが、今では慣れたもので、お隣さんが音を鳴らすように、私もなにかしら音をたてているのかもしれないと考えると、さほど気にならないようになりました。


「ただいまー」


 オートロックとは程遠い、入りも出もアナログな鍵が必要な扉を開けて、私は部屋に入ると鞄や薬をベッドの上に放り投げて、コンビニの袋だけを机の上に置いてその前に座りました。


「いただきます」


 弁当を袋から取り出し、手を合わせてから昼食の時間です。

 ご飯を食べ終えたら掃除や洗濯もしなければなりません。まったくもって、一人暮らしは自由ではあるものの、やることが多くて大変です。

 私はご飯を食べると掃除や洗濯を始め、夕方に少し居眠りをしたりしてその日を終えました。



 その日の翌日、トイレ掃除を終えた私は外原さんと話をしていました。

 今、店内にお客さまの姿はありません。なので雑談をしていました。


「それで昨日見たテレビでね、都市伝説特集をやってたんだけど」

「ああ、それなら私も見ましたよ。昨日お隣さんがキャーキャー叫んでいたのでなんでかな、って思ってテレビをつけたら特集をやってるのに気がついて。外原さんはオカルト話とかお好きなんですか?」

「いや、特段好きってわけではないんだけど、やってたら見てしまうというか。もちろんフィクションとしてだから、だけど」

「……ああ」


 外原さんが店の中からお寺の方をジッと見つめるその視線で、このコンビニには幽霊が買い物に来るだのの噂があることを思い出しました。

 テレビ越し、フィクションとわかっていれば、どんなオカルト話でも笑い話になります。ですがそれが本当に、もし自分のすぐそばで起こっている現実だとすれば、それは恐怖以外のなにものでもないでしょう。


「でも、ここに勤めて不思議な目にあった人なんていないですよね」

「表向きはね」

「……え、なんですか、その言い方」

「冗談だよ」

「ちょ、怖い言い方しないでくださいよ。ビクってしちゃったじゃないですか」


 冗談、ごめんねと笑う外原さんの目はどこか困っているようでした。

 もしかしたら、本当になにか、大変な目に遭ったことのある人がいるのかもしれません。ですが、知らぬが仏ということわざもありますし、私は気がつかないふりをすることにしました。


 実際、もし幽霊に出会ったとしても、私がそれを幽霊だと認識せずに普通の人だと勘違いしていれば、そこに恐怖は生まれません。

 なにも幽霊が血みどろだったり、足が浮いていたりするとは限らないのですから。

 もしかしたら本当の霊は思いの外すぐ近くに、たとえば昼間病院内ですれ違った患者さんの一人に紛れ込んでいたのかもしれない。

 あれは幽霊だったのかもしれない、という言葉で恐怖を煽ることも、露骨に人とは違う外見でも幽霊ではないのかもしれないという言葉で無理やり安心させることもできる。

 結局はその人の気の持ちようなのかもしれません。


「あっ、そういえば」

「ん? どうかした?」

「最近若い方が入ったんですね。たぶん学生さんだろうから夜勤には入らないだろうけど、もし入る日があれば私もそろそろ外原さんに教わったように、誰かに物を教える立場になるんでしょうか」

「あー、新人さんに教えるのね。たしかにそろそろ小島さんも人に教えられるようにはなったかも。あれ、でも、新人なんて入ってないよ?」

「えっ?」


 首を傾げる外原さんに、私は昨日の昼間のことを話しました。

 たしかにそこには若い男性がいたのだと、そう伝えます。


「……んー、でもその時間帯のシフト表に書いてあるのは二人分の名前だけなんだけど。二人とも私は見たことある、知ってる人だし、そもそも二人とも女の人だよ」

「あれー?」


 わざわざ事務所のシフト表を確認してくれた外原さんと一緒にシフト表を見返しますが、たしかにそこには二人分の名前しか記載されいていませんでした。


「じゃああれは誰だったんだろう……」


 新人ではないとしたら、本当にあの男性は誰、いやいったい何者だったのでしょうか。

 外原さんに、

「さっき私が冗談言ったから、その仕返し?」

 と困り顔で尋ねられましたが、私は頷くこともできず、曖昧に言葉を濁しました。

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