第三夜 壊れた自動ドア

 近くの住宅から漏れる灯りが減った夜十時前。星空の下、いつものように原動機付自転車原付をだだっ広い駐車場の端に停めてコンビニに入ろうとした時に、なんとも珍しく店長に会いました。

 店長は普段は昼間や朝方に出勤しているので、私の勤務時間と被ることが少なく、こうして仕事中の店長を見るのは久方ぶりに感じます。


「ああ、小島さん、おはよう」

「おはようございます、店長。こんな時間にお店にいるの、珍しいですね」

「ちょっと問題があって駆けつけたんだよ」


 私の存在に気がついた店長はそう言うと、とんとんと開きっぱなしにされた自動ドアを軽く叩きました。


「二十分くらい前に夕勤の子が自動ドアが壊れたみたいだって電話してきてね。それで様子を見に来たってわけだよ」

「それは大変ですね。直りそうなんですか?」


 私が首を傾げると、店長は首を横に振ってため息を吐きながら再度口を開きました。


「いやぁ、それが業者に直してもらうしかないみたい。よくわからないけど人を察知するセンサー部分が壊れちゃったっぽいんだよね。一応明日の朝には業者の人が来てくれる手筈になってるから、それまではこの自動ドア、悪いけど手動で使ってくれる? 事務所の机の上に取り急ぎだけど手動でお願いしますって感じの張り紙を作って置いておいたから」

「わかりました。目につきやすいところに貼っておきます」

「お願いね。じゃあ僕はもう帰るから。お疲れ様」

「お疲れ様です」


 店長は必要なことを伝えると、すぐに自身の車の方へ歩き始めました。おそらくもう眠気が勝ってきているのでしょう。シフトを見る限りここ最近の店長はかなり多忙な日々を送っていたようなので。

 店長の後ろ姿から目を逸らし、事務所の中に入る。そしてユニフォームに着替えると出勤のボタンを押しました。


 今日のシフトは珍しく一人なので、いつもより頑張らなければなりません。

 田舎ではコンビニの夜勤勤務はワンオペなことが少なくありません。しかしこのコンビニは駅前ということもあってか、二人体制のシフトのことが多いのです。

 しかしながら今日は珍しいワンオペの日。つまりいつもは二人でやっている商品の補充や清掃作業を一人きりで片さなければなりません。

 私の勤務時間は朝方四時まで。それまでにすべての作業を終わらせるために、私は店長に言われていた張り紙を手に取ると自動ドアの真ん中の方、目につきやすいところに貼り付けるとすぐに仕事に着手しました。


 レジから目を離さなければ出来ないトイレ掃除はお客様が来店されていない時に素早く、清潔に。

 モップでフロアを乾拭きしているときにお客様がレジに並んでいるのを見かけたときは慌ててしまいました。

 急いでレジに向かい、お客様の接客をこなしてモップがけに戻る。

 ワンオペは初めてではないはずなのに、なぜかいつもより大変な気がして、視線が自動ドアに吸い込まれたときに原因を理解しました。


 いつもなら、自動ドアがお客様の来店を知らしてくれるのです。

 普段は自動ドアのセンサーが人を察知したときに音が鳴って、その音を聞くと事務所にいようがトイレ掃除中であろうが誰かが来店したことに気がつける。しかし今の自動ドアは電源が完全にオフにされているので音が鳴らないのです。

 だから音で来店に気がつけず、お客様が店にいること自体に気がつけなかった。

 自動ドアはこんなにも大切な役割を担ってくれていたのかとしみじみと思いながら、かけ終わったモップをバケツの中に突っ込みました。


 大方の清掃作業が終わりレジに戻って、時計を見てみると日付はとうに変わっており外の景色もより一段と暗くなっていました。

 近隣を走る車の姿もそう多くはありません。駅も終電が終わったのか、ホームの明かりはまだついているものの、人の気配はありませんでした。


「ふあ」


 ほとんどの清掃作業を終わらせて気が抜けてしまったのか、口からあくびが漏れてしまいました。

 首を軽く振って、仕事に集中しなければともう一度出そうになったあくびを噛み殺します。

 この時間帯に来るお客様の数は少ない。なので正直暇だと感じてしまいますが、そういうときは商品の補充をします。

 昼間か夕方に売れたのでしょうか、棚に陳列された袋物のお菓子が少なかったので、レジを気にかけながらバックヤードに行き商品を補充していきます。

 度々やってくるお客様に接客をしながら働いていると、お菓子の補充ももう終わりに近づいていました。退勤の時間まであと三十分といったところでしょうか。

 少し眠気を感じながらもお菓子の入った段ボールを開けて、補充する。単調ながらも商品の数が多いだけに時間のかかる作業です。


 ピロロン


 少し甲高い電子音。

 その音が聞こえて段ボールに向けていた視線を少し上に上げると、お菓子売り場の前の通路を影が三つ、通っていきました。

 どうやらお客様が来店されたようです。

 早朝と呼ぶべきかまだ夜中と呼ぶべきかいまいち判断しずらい時間帯。まだ早朝勤務の人が来る時間には早すぎるので、顔を確認しなくても来店したのが客なのだろうとわかりました。

 彼らはタバコが目的ではないようですぐにレジには並ばず、飲み物を見ているようで飲み物売り場付近から聞こえる男性の話し声を聞きながら作業を続けます。


 お菓子の補充を終え、段ボールを積むとバックヤードに片付けようとその荷を押しました。しかしお客様の足音と話し声がレジの方に向かっているのに気がつきました。

 それに加えお客様自身が、


「すみませーん。レジお願いしまーす」


 とこちらに声をかけてきたので、段ボールはそのままに急足でレジへと向かいました。


「すみません、お待たせしました」


 軽く謝罪をして、男性がカゴに入れていた商品をスキャンしていく。それは飲み物が二つとアイスが二つで、先輩? らしい男性がもう一人の男性の財布を抑えながら支払いを済ませて店を出ていきました。

 見た目からして大学生でしょうか。こんな時間から遊んでいるのか、それともどこかで呑んでいてこれからシメのアイスを食べて眠るのか。そこまではわかりませんが、仲が良さそうでなによりです。

 私の大学時代にも仲の良い友人がいたことを思い出し、そしてその子たちと疎遠になっていることも同時に思い出して少し悲しい気持ちになりながら、視線を外へと向けました。


「えっ、なにこれ壊れてるの」

「あ、おはようございます」


 どうやら先程の二人組の男性の接客をしている間に早朝勤務の人の出社時間に近づいていたようです。

 自動ドアの向こうで張り紙を見て驚く早朝勤務さんの姿がありました。


「あ、小島さんおはよう。これ、自動ドア壊れたの? いつ直る予定か知ってる?」

「店長が業者さんが朝に駆けつけてくれると言っていました」

「そっか、わかりました。ありがとう。お疲れ様〜」

「はい、お疲れ様です」


 早朝勤務の女性の質問に、店長から聞いた話をそのまま話すと、彼女は頷いて事務所に入っていきました。

 彼女が来たからには私の仕事も終わりです。私も事務所に入ろうとして、売り場に段ボールを置きっぱなしにしていることを思い出して、それを片付けてから事務所に戻りました。


「なんだか今日は疲れたなぁ」


 退勤を押して、出社して来たもう一人の早朝勤務さんに挨拶を交わすと手動で自動ドアを開けて、駐車場に停めていた原付に跨りため息を吐きました。

 今日はぐっすり眠れそうな気がします。

 ワンオペだったうえに自動ドアが壊れているというイレギュラーな事態に奔走され、普段よりも負った疲労は多いです。

 帰ったら軽く食事をとって、シャワーを浴びて寝る。

 ぼーっとする頭でこの後の予定を考えながら帰路に着きました。



 仕事を終えて睡眠をとって目覚めたあとに気がついたのですが、そういえばあの時自動ドアは壊れていたのに、どうして男性たちが来店した時に自動ドアの音が鳴ったのでしょうか。

 もしかしたらあの時の私は眠さでボケてしまっていて、スマホの通知音などのなにかの音と聞き間違いしてしまったか、それとも幻聴でも聞いてしまったのかもしれませんね。

 と、起床後の昼食をとりながら思うのでした。

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