第百七十九話 王者の抜刀

【『WTDT』ワールド・ザ・ドリーム・タッグ生配信板part16】


 名無しの451

 :やっと落ち着いてきたな


 名無しの452

 :スレの流れ早すぎてレスバすらままならなかった


 名無しの453

 :今の戦況どうなってるの?


 名無しの454

 :>>453 自滅帝vsアリスターの2回戦が始まった


 名無しの455

 :>>453 最強対決してる


 名無しの456

 :>>453 再び自滅帝が出てきたぞ


 名無しの457

 :自滅帝また何かやらかすつもりか?


 名無しの458

 :『評価値』後手+131・互角


 名無しの459

 :>>458 あれ?


 名無しの460

 :>>458 評価値若干落ちてる?


 名無しの461

 :>>458 互角に戻ってね?


 名無しの462

 :『評価値』後手+149・互角


 名無しの463

 :>>462 少し戻した


 名無しの464

 :>>462 うおおおおおがんばれ自滅帝ーー!!


 名無しの465

 :『評価値』後手+122・互角


 名無しの466

 :>>465 うごかねぇww


 名無しの467

 :>>465 こんなほとんど駒同士にひもがついてない乱戦状態で形勢動かないって、二人ともどんな精度で指してんだよ


 名無しの468

 :アリスターも自滅帝も強すぎて形勢がほとんど揺れてないのえぐw


 名無しの469

 :『評価値』後手+98・互角


 名無しの470

 :いや、若干アリスターが押してる……?


 名無しの471

 :あの……二人とも強すぎてついていけないのは俺だけ?


 名無しの472

 :>>471 安心しろ、俺もだ


 名無しの473

 :>>471 むしろついていけるやついるの?


 名無しの474

 :>>471 解説の三岳六段ですらついていけてないぞ……


 名無しの475

 :>>471 二人とも奨励会三段リーグを煮詰めて出来た蟲毒みたいな実力してると思う


 名無しの476

 :>>471 ここまで来るともう数字出してくれる評価値しか分からねぇよ……


 ※


 迎えた再戦は、それまでの流れを完全に断ち切る棋風から繰り出された。


 アリスターがゾーンに入った。それが異常事態であることを真才は瞬時に理解する。


 それは己ですら為せなかったことである。慣れない環境、慣れないルール、ましてや日本というアウェーな舞台でその本領を発揮するなど、普通じゃない。


 極限まで開かれた思考はモーターのように高速で回転し、光のように全てを置き去りにして完結する。


 嫌な予感を感じ取った真才の一手を逆用し、真上から叩き潰す圧砕のような攻めがアリスターから繰り出される。


 対する真才は自分の手が逆用されることも織り込み済みで読みを入れていたが、そんな真才の読みさえ凌駕するアリスターの一手は、ついに人の思考では追いつけない領域まで到達する。


 ──鋼鉄の受け。


 粗暴な性格とは裏腹に繰り出されるアリスターの本領は、何人たりとも突破できない不動の城壁、攻めた者に傷を負わす茨の盾である。


 力を溜める序盤とは違い、頓死を経てボロボロになった真才の玉形はいわば素手と丸腰の状態。それは咎められボロボロになったジャックの自滅流を指し継いでるアリスターも同様であるが、手の質がまるで違う。


 しかし焦ることはない。アリスターが受けに特化しているというのなら、つまるところ無理に攻めなければ良い。ここは一旦互いに体勢を立て直し、再度力を溜めてから攻めればアリスターの鉄壁も崩せる。


 ──などという凡人の思考を置き去りにして、真才はその素手をアリスターの盾に向けて全力で振り下ろす。


 王様の守り、盤上の整備、攻め形の準備。それらを無視して突貫の一手。


 それによってアリスターのカウンターを許し、評価値がガクッと落ちる。


 しかし、真才の攻勢は止まらない。


 棘だらけの盾から引いた手が血まみれになっているのにも関わらず、真才は再び殴打を繰り返す。


 それが"答え"だと言わんばかりに叩きつける自滅の思想は、狂気を糧に功を為す理不尽の権化のような考え方である。


 普通の選手ならそこで真才の逆転を許してしまうのだろう。


 だが、アリスターは違った。


 これまでの戦いを経て、真才が『そういう思考をする相手』だと理解しているアリスターは、あえて凡手を候補から外し、真才が繰り出す奇想天外な"凡手"を中心に読み切っている。


 ──その読みは、完全にアリスター側が上回っていた。


 それどころか追い越し、突き放し、ゆうに最善を越えたかと思えば、反転して悪手を混ぜた変則的な妙手を繰り出して一瞬のうちに真才の思考をかき乱す。


「っ……」


 そんな中で事件は起きる。別会場で三岳が驚いていることを、二人は当然知る由もない。


 静寂の中で奮闘するアリスターは、異次元の指し回しの中で明確な隙を見せた。ゾーンの集中切れか、それとも宝の山に隠れた石ころか。どちらにせよ、常人の目から見ればその手は悪手であった。


 しかし、真才はその一手が正しく悪手であることを理解しながらも、そんなアリスターの手を見逃し自陣を補強しにかかる。


 そして、そんな真才の対応に、アリスターも当然とばかりに次の局面へ足を進める。


 その一手は確かに悪手だったのだろう。だが、その隙を咎めれば難解複雑な手順へと合流してしまっていた。


 それは真才とアリスターの1対1の対決であれば受けていた勝負だったが、こと今の状況下においては別問題。これはVSではない、WTDT杯だ。交代を繰り返せば仲間の意図する手順と自身との思想が合わなくなり、悪手を咎めたのにもかかわらず結果的にカオスな状況になる。


 そうなれば指運勝負、運ゲーの始まりだ。


 それは真才にとって最悪のシナリオ。そんな勝負を受けることはできない。


 しかし、真才がそう判断することを読み切った上で、アリスターが仕掛けた手であることを真才が理解すると同時に、アリスターはそんな真才が自身の手に対し自陣を補強して身を引く……と、思わせて、実はその手が遠目からアリスターの王様を睨む反撃の筋を用意している、というところまでアリスターが読んだ一手である。


 人智を越えた、読み合いの果て。──鍔に隙間なく敷き詰めた人差し指から放たれる強烈な居合は、抜刀の名のもとに真才の首に軌跡を描く。


 ──真才の首が飛んだ。


 数秒後、そこまで気付いた真才が自分の読み負けをすぐさま悟り、軌道修正を計ろうと手順を崩そうとするが、その先にはアリスターの読みが全て完了した道だけしか残されていない。首は既に飛ばされている。


 圧倒的な差による滅却。真才の読みをことごとく上回り、全てを燃やし尽くして消し炭にする。


 その攻防は真才側が完全に負けていた。むしろ、その差を誰よりも理解しているにも関わらず、一切の恐怖を抱かずに戦い続けている真才の方が異常だった。


「お前の負けだ」

「そうらしい」


 僅か10手弱のやり取りで真才の陣形は傷だらけになる。


 決して瀕死ではない、逆転したというほどでもない、二人の形勢差は数百点動いた程度だ。


 しかし、その数百点は間違いなくアリスターが真才から奪い取った形勢である。


 交代のブザーが鳴る。


 真才の手数が限界に達したことを知らせる交代。不幸中の幸いと言うべきか、ゾーンに入ったアリスターを相手にこの程度の軽傷で済んだのは、まさに真才の手腕あってのものだろう。


 ──そんな中で、再び鳴るブザー音。


「……悪くない判断だ、翠」


 鼻を鳴らしながら納得の表情を浮かべるアリスター。


 それは紛れもなく、アリスターの交代を告げるブザー音だった。


 まだ手数は残っている。まだ彼の集中力は生きている。


 ミリオスの最強格であり、指す度にプラスを勝ち取ってきた常勝無敗のアリスターをこの場で下ろす。それはこれまでの翠であれば決して判断しない、できないことだった。


 ──成長。この試合を通じて、青薔薇翠も確実に成長している。


 沢谷由香里と青薔薇翠。二人の指揮官がここを節目と見たのは、明確な戦術があったわけでも、複雑な理論を組み立てたからでもない。


 この場にて残る選手達の闘志。ここまで繋いできた戦いの過程。カードは出揃い、火蓋は切られ、望むべき死闘の舞台を用意することだけが今の彼女達の使命である。


 互いにそれがベストだという結論に行きついた。私情を抜いて、私情が叶う。ノンストップの攻防戦。ちょうどよく区切られた対戦カードである。


 そんな二人の判断によって真才とアリスターの戦いは再び幕を閉じた。結果は言わずもがな、アリスターの圧勝である。


 しかし、そんな現実を突きつけられた真才は、不満を口にすることもなく席を立ちあがり水を飲む。


「何が面白い?」


 椅子を引いた時に一瞥したアリスターは、その一瞬で口角を上げていた真才を見逃さなかった。


 真才はアリスターの方に振り返ると、滴る汗を拭うこともなく満足そうに告げる。


「強い相手と戦ってるんだ。楽しいんだよ」

「おかしな奴だな。こういう時は普通、イヤな顔するモンだろ」

「……そうかな」


 赤利の時にも見せた闘志燃え滾る真才の笑みは、本気で何かに打ち込む人のソレである。


 勝ち負けはもちろん、好きだからやっていること。ならばその勝負がピークを迎えている今、これを楽しまずに何を楽しむのか。


 もっとやりたい、もっと戦いたい。交代制が無ければすぐにでも続きを指したい。指して、指して、指して、誰も見ぬ果ての境地へ、覚醒した目の前の絶対王者と共に最後まで創り上げていきたい。


 ──その感情は絶対に共有されているはずで、真才はアリスターに最後の言葉を告げて背を向ける。


「……でも、俺だけってことも無いと思うけどね」

「あ?」


 真才に言われ、アリスターは思わずその手を口元にあてる。


 ──笑っていた。笑っていたのだ。


 アリスターは自分の口角が上がっていることに初めて気づく。


「……チッ」


 舌打ちしつつも、まんざらでもない顔で対局場を後にするアリスター。


 それは、未だ燃え滾るこの炎にどう薪をくべようかと、そんな限界の先にある景色を見据えた笑みだった。


 ※


 ──待機室。チームを率いる最強同士が戦っている中、残された者達は一言も喋らずにただ対局画面を見つめることしかできなかった。


「……何やってんだ、俺」


 天竜が小さく吐き捨てる。


 黄龍王者、仮にも日本トップとなった称号を手にしておきながら、天竜はこの大会で全くといっていいほど活躍できていなかった。


 それもこれも、全て真才が原因である。


「天竜……」

「ああ、気にするな。俺が悪いんだ。単純に渡辺真才を舐めていた。……仮にも矛を交えたことがあるのに、俺は彼の実力の底を理解できていなかった。その結果だ」


 心配する赤利に、全て自分のせいだと答える天竜。


 今の天竜には事の全容が理解できていた。……しかし、それはもはや遅すぎる理解である。


 真才が自滅流を見せなかった理由は、全国に自らの策が知られることを防ぎたかったから。その見解に間違いはない。


 だがそのさいたる理由は、天竜に手の内を晒して研究されるリスクを回避したかったからである。


 どのみち黄龍戦でその手札は開示される。真才は黄龍戦の優勝を視野に入れて戦っているのだから、情報が露呈するのは遅かれ早かれの問題だ。


 ……それでも、季節を跨ぐ程度には自滅流の研究を遅らせることができる。


 天竜は真才を甘く見ていると同時に、真才が見ている天竜自身すらも甘く見ていた。


 真才にとって天竜の存在は至極真っ当な障壁、天敵である。それを避けるための工夫が施されるのは如何なる戦場においても当たり前のこと。


 ……そもそも、今回のWTDT杯における自滅流の考案は天竜からである。


 その作戦を講じる真意にはもちろんミリオスの気を衒う狙いもあったが、天竜が求めていた真の目的は、真才の持つ自滅流の情報に他ならない。


 相手となるミリオスの実力はトップアマに匹敵する。アリスターに至っては奨励会員の上位数パーセントに届くレベルだ。決してよそ見をして挑める相手ではない。


 そうなれば必然的に真才の本領が求められる。自滅流の開封、来崎夏との戦いを経て成長した戦術の本懐。それを知ることが天竜の目的であり、その一片でも知ることができれば満足だった。


 だが、現実はそう上手くはいかなかった。真才は天竜の意図を完璧に読み取ったように自滅流を避け、頓死という当てつけで天竜の手番すら無為にした。


 今回天竜が指した手は、真才の頓死の尻拭い。ただ必死に逃げていただけである。


 己が欲をかいた為に返ってきた罰。否、そもそも天竜は最初から真才を仲間と見ていない。倒すべきライバルとして認識している。ならば真才もまた、そう考えているのが道理だろう。


 真才は暗に示している。──自分の全容を知りたければ、その一片でも見せてみろと。


 世界大会が何だというのか。所詮は過程、階段を上っている道中に過ぎない。


 そう、真才が本当に知りたかったのはどこまでも単純、どこまでも素直だ。それは最初から何も変わらない、最初から何も変わっていない。


 天竜一輝と接触したあの時から、真才の目的はたった一つ。


 ──天竜一輝の本気の実力が見たい。ただそれだけである。


 言葉だけの偶像は要らない。言葉だけの気迫は要らない。行動で示す、指し手で理解させる。正真正銘の最強を真才は求めている。


 それが天敵としてあるべき姿なのだと、それが天竜一輝が見せる本当の全力なのだと。どこまでも先を見据えた彼は、来るべき戦いのための対策を講じる必要がある。


 天竜とて純粋に言葉を乗せるタイプではない。本気と言いつつも、ある程度は手を抜いて戦うつもりだった。


 あくまで自分はゲストの立場。観客を沸かせる手を指すことはあっても、全てを凌駕するような異質な戦いをするつもりはなかった。


 それをしてしまえば、自分の"天敵"に研究される。


 結局のところ、一歩先んじていた天竜が真才に引っ張られて同じスタートラインに立たされただけだった。


 痛み分けで終わろうと。いや、互いに一歩足を進めて終わりにしようと。そう告げられている。


「……はぁ。ごめん、麗奈。やはり無傷は無理だった」


 この場にいない麗奈に向かって、天竜は心の底から謝罪をした。


 本当なら、あまり目立つことなく勝つつもりでいた。それなりの活躍をして、それなりの称賛を受けながら、それでもアリスターが自分達を上回る棋力の持ち主であれば仕方がなかったと受け入れるつもりでいた。


 ──相手は意気消沈しているカイン。今この場で自分が手を抜いた結果、劣勢にでもなったら目も当てられない。


 しかし、それはもはや真才も同じである。局面は終盤でも形勢は互角、まだ終わるには遠い道のりだ。


 今回の戦いで天竜は大きな情報を得られた。今の真才は頓死すら利用できるほどの度胸と実力を持っていること。あの地区大会の日から信じられないほど成長しているということ。


 だが、肝心の自滅流に関しては何も得られていない。


 だから、真才は暗に示している。それ以上先を知りたいのであれば、相応の実力を見せてからにしろと。あの時の宣言通り、最強の偶像を置いて見せろと。


「仕方ない」


 交代のブザーが鳴る。


 その場から立ち上がった天竜は、それまでの好青年のような顔つきから一変して睨みを利かすような真剣な表情になる。


「天竜、オマエ……!?」


 赤利は、久しく見ていなかったその気迫を肌で感じる。


 前期黄龍戦にて、無敗を誇っていた青薔薇赤利を真正面から一刀両断した、その時の表情と瓜二つ。


 あれだけ本気では戦いたくないといつも力を出し渋っていた天竜の豹変に、誰よりも早く気付いたのは赤利だった。


 いや、帰ってきたのだ。長らく世に顔を出していなかった黄龍王者が、ようやくその腰を上げる。


 誰もが忘れていた事実を、霞んでいた戦績を、思い出さなければならない。


 前期黄龍王者・天竜一輝。その男は前年度、このアマチュア界において日本中の選手を倒し、まごうことなき頂点に君臨した将棋指しであることを。


「──真面目にやるとするか」


 本当の王者が、その剣先を鞘から抜いた。










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 す、すごい(小並)

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