第百五十二話 オールラウンダー

「さて」


 鈴木会長が手を叩くと、部員全員の視線が鈴木会長に向けられる。


「挨拶も終わったことだし、これからの君達の方針について考えていこうか」


 そう言って鈴木会長はホワイトボードに色々と書き始める。


 ところで、鈴木会長の正式な顧問活動は明日からなのだが、そこにはもう誰もツッコミを入れていない。


「1ヵ月後に迫る黄龍戦の全国大会に向けて、我々がやるべきことは数えきれないほどある。そこで改めて尋ねたい。君達の目標はその黄龍戦の頂点、優勝で間違いないかな?」


 その言葉に俺達は全員頷いた。


「なら続けて、今の西ヶ崎高校が全国でどの位置に付けているかを自覚する所から始めよう。隼人君、今日本で一番強いチームはどこか分かるかい?」

「凱旋道場じゃねーのか……?」


 隼人は首を傾げながらそう答える。


「そうだね、確かに凱旋道場はアマチュアでトップクラスの実力を持った道場として名前が広まっているけど、それは昔の話だよ。こう言うのもなんだけど、今の赤利君のいるチームは最強とは程遠いものだ。はっきりいって全国レベルじゃない」


 鈴木会長の辛辣な評価に、全員の顔が曇る。


 当然だ。全国でトップレベルだと思っていた相手を倒したからこそ、ここにいる東城たちは優勝という道を現実として認識できている。


 それが、実は大したことなかった。なんて評価を下されれば表情も曇る。


「うん、真才君と勉君以外は目の奥が少し曇ったね。なるほど、大体分かったよ」


 それは慧眼ゆえの真理か、鈴木会長はホワイトボードに俺達の名前を書き連ねていくと、その下に段位の欄を作った。


「いいかい? 全国大会というのは大体『五段』以上が集まる戦場だ。君達にとってこの数字がどの程度の意味をなしているかは分からないけど、この『五段』というのはこの場にいる君達の半数が破れるほどの実力を意味している」


 その言葉に、この場にいた大半が瞠目する。


 俺はそもそも全国のレベルを知らないが、賢人を基準に考えれば何ら違和感のない棋力差だ。


 鈴木会長はホワイトボードに黒いマーカーを走らせると、さきほど書いた段位の欄に部員たちの棋力を容赦なく記していった。


「隼人君、君の棋力はアマチュア三段だ」

「なっ……俺がたった三段!?」

「そして魁人君、君は隼人君より少し勝っているが、それでも同じ三段だ」

「……マジかよ」


 両者に告げられた段位は、アマチュアにおける有段者の部類。つまり、事実上アマチュアのトップを示す高段者以下の存在ということである。


「君達二人の棋風は柔軟な対応に欠けている。今回の県大会も事前の勉強で培った定跡と研究手で圧倒しているに過ぎない。いざ自分達が劣勢に回らされた時にどう対応するのかを直近の課題として置こう」

「……うっす」

「な、なるほど……」


 そうして佐久間兄弟が驚く間もなく、鈴木会長は他の者の段位を書き記していく。


「葵君は四段だね。調子が良い時は五段に迫る勢いだが、君の場合は棋力が安定しないのが弱点だ。それでも素の切れ味は十分だから、今は基礎の力を付けるところから始めてみよう」

「うぐぅ……精進するっす」

「来崎君は五段を超える時もあるが、ゾーンという局所的な状態に頼っていてはいつか足元をすくわれるよ。その力を平常時から出せるように頑張ろうか」

「はい」

「勉君は五段だね。おめでとう。君はこの場にて最も棋力が安定している。先だって直すべき点は少ないが、自分より格上の相手が出てきた時にどう戦うかを想定しておいた方がいい」

「ふむ、正論であるな……!」


 棋譜の載った紙を見ながら次々に長所と短所を吐き出させる鈴木会長。止まらないマーカーの勢いに、部員たちはその男がかつては道場を担っていた優秀な指導者であることを再認識する。


 そしてやはり、鈴木会長は人をよく見ている。


 細かい出会いを除けば今日が初対面であるはずなのに、鈴木会長は過去の棋譜から的確にその人間の本質を見抜いてくる。


 ──優秀だ。怖いくらいに。


「最後に東城君だが、君の棋力は三段だ」

「……え?」


 告げられた言葉があまりにも予想に反していたのか、東城はその場で固まった。


「東城君は中学時代から色々な大会で活躍していたせいもあって、私は君のことをよく知っている。その上でハッキリと言わせてもらうと、君の棋力は以前からほとんど伸びていない」


 伸びていない。というのは語弊があるだろう。


 厳密には、棋力を必要とする戦いにならずとも勝てている、と俺は思っている。


 そして、鈴木会長が言わんとしていることも何となく分かるつもりだ。


「君の指し方は記憶量の暴力だ。数えきれないほどの定跡や研究手からなる、模倣された既存の一手。それは君の実力には直結しない。知恵や知識で戦っているようなものだ。だから君の棋力そのものは三段からほとんど変わっていない」

「……」


 東城は鈴木会長から下された評価に反発することはなく、その評価をしっかりと受け止めている。


 そのことに鈴木会長は深く頷くと、こう続けた。


「そして同時に……東城君、君はこの部において最も強くなる素質を秘めた存在だ」

「……アタシが?」


 戸惑う東城に、俺は鈴木会長の意図を察する。


「君は棋力が低くとも記憶力だけで一線級に戦えてきた子だ。そんな君が棋力まで伸ばしたらどうなるか、想像に難くないだろうね」

「……!」


 東城は食いつくように鈴木会長の話に耳を傾ける。


 なるほど、もし"そうなる"のなら、俺は自分のことにだけ集中すればいいわけか。


 唯一の懸念点を打開する策。鈴木会長ならとっくに用意していると思っていたが、予想通り動きが早くて助かる。


「それに君は、真才君が到達できなかった世界への可能性を持っている」

「どういうこと……?」


 困惑する東城に、鈴木会長は俺を一瞥した後、何かを思案しながら答えた。


 思い浮かべる人物は同じか、それともそれ以上か──。


「──オールラウンダー。完全無欠の戦術だ。東城君、君はその領域に手が触れている」









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