第五十五話 その逆鱗に触れるまで
放課後の部活が終わり、下校の時間がやってくる。
結局部活には顔を出さなかった佐久間兄弟だったが、葵が何か事情を知っていそうだし俺が心配することではなさそうだ。
下校は途中まで東城や来崎たちと同じ道を歩き、その後は狭い夜道を一人で歩く。
肌寒い風が頬を撫で、俺は両手をしまい込んでいたポケットからスマホを取り出す。
さっき作ったばかりの自滅帝のアカウントは既に2万人のフォロワーを超え、アカウント作りましたとかいう何の情報も増えてない呟きは5万いいねを超えて完全にバズった状態になってしまった。
「さすがにここまで来ると変なこと呟けないな……」
正直なところ、自滅帝という存在がこれだけ多くの人に見られているとは思わなかった。
帰り際に配信者である来崎が宣伝してくれたことも起因しているのだろうが、ついこの前まで掲示板で細々と呟いていただけの人間に2万人もフォローがつくなんて考えられない事態だ。しかもまだ伸びてる。
最初は適当に研究棋譜でも垂れ流して仲間内ワイワイするために使おうかなと思っていたのだが、これほど多くの人に見られてるとなると話は別だ。下手に研究棋譜を投下しようものなら一気に食い荒らされるだろう。
……ていうか、やけに賞賛のコメントが多いな。
確かに100連勝したことは自分でも褒めるくらいの達成感はあったが、それを抜きにしても自滅帝という存在を称える声が大きい。
別に俺はそこまで何かを成した存在だとは思ってないんだが……。そうだ、ここは将棋とは全く関係ない呟きをして、俺がただの一般人であることを暗に伝えるか。
@zimetutei28
さむいの苦手
> わかる
> 分かります!
> 寒いですよねー
> 今外ですか?
> 暖かくして過ごしてください!
> オススメのコーヒー貼っておきます
> 今日は寒いですよね
そうそう、これこれ、こんな感じでいいんだよ。やっぱり人間は賞賛されるより共感、庶民の感覚なんてそんなものさ。
> 自滅帝は寒いのが苦手と、メモメモ……
> 自滅帝に苦手なものとかあったんだw
> 自滅帝に勝つには極寒の地で戦えってことですか!?
> 寒いのは苦手(それ以外に苦手なものはない)
> 真の強者は自分の弱点も晒すってことですね!さすがです!
……ん? まて、なんか話の流れ変わってない?
> 寒いの苦手(訳:お前ら程度じゃこの寒さにすら値しない)
> さむいの苦手(寒いのが苦手とは言っていない)
> 自滅帝ともなると寒さくらいしか弱点が無くなるのか
> 嘘つけ、去年の冬大暴れしとったやろw
> 唯一の弱点が寒さしかないとか完璧超人過ぎる……
> やっぱり自滅帝は将棋星人だったのか
> 露骨な人間アピールに隠された真実
> 寒さ以外を克服した存在
> やはり最強か
まてまてまて、なんでそうなる。俺の呟きのどこにここまで話が膨らむような要素があった? 俺まだ「寒いのが苦手」としか言ってないんだが!? どんだけ話が飛躍するんだよ!
てか将棋星人ってなんだよ。
……というか、俺が一般人だとアピールする戦法見事に失敗してるし。
「はぁ……。もういいや、今日はなんか疲れたし早く帰ろう……」
ただでさえ学校の授業で疲れているのに、今日は部活中も含めて色々と労力を使い過ぎてもうヘトヘトだ。
俺はスマホをポケットにしまうと、足早に家へと歩いて行った。
余談だが、この2回目のどうでもいい呟きはフォロワーの大喜利によって伸びに伸びて、再び万バズしたのだった。
※
しかし、そんな和やかな日々を送ろうとしていた傍らで、ひとつの火種は大きな灯を宿して燃え始めていた。
『【黄龍戦・団体戦】について話し合うスレPart91』
名無しの266
:なんか西地区のスレが荒れてるな
名無しの267
:>>266 荒れてる?
名無しの268
:あーなんだっけ、なんかこの前の西地区黄龍戦で優勝したチームが不正してたんだっけ?
名無しの269
:渡辺真才って新人が大会中にソフト指ししてたっぽい
名無しの270
:>>269 え、なにそれ。証拠はでてんの?
名無しの271
:>>269 ソースは?
名無しの272
:情報が錯綜しててよく分からんが、まぁ天竜一輝に勝つって時点でちょっと怪しいよな
名無しの273
:渡辺真才ってあの意味不明な角打ちして天竜に勝ったヤツか
名無しの274
:てかこいつ大将で全勝してんのかよ、ありえねーだろw
名無しの275
:あんなところに角打つなんて普通無理だしな。絶対人間の手じゃないわ。それで勝つのもおかしい。
名無しの276
:>>275 昨日辺りに解析した人がいたけど、あそこに角を捨てるのはAI的には悪手とは言えないくらいの手で、逆に
名無しの277
:てかあそこって確か鈴木会長が指揮してるんだろ?運営はなんて言ってるのよ
名無しの278
:>>277 まだ何の声明も出していないよ、不正の噂は先日辺りに出たばかりだし
名無しの279
:てか証拠がないなら不正もデタラメなのでは?
名無しの280
:>>279 とはいえ怪しいのに間違いはないしなぁ
名無しの281
:>>279 火のないところに煙は立たない定期
名無しの283
:不正してた場合は県大会参加中止か?
名無しの284
:だな
名無しの285
:そもそも不正ってどうやるの?
名無しの286
:>>285 色々あるけど、オーソドックスなのは離席してトイレでスマホ使って盤面解析するとかかな。あとはワイヤレスイヤホン付けて別な視点から観戦している協力者に最善手を伝えてもらうとかもある
名無しの287
:>>286 うわぁ
名無しの288
:>>286 恐ろしいな
名無しの289
:その渡辺真才って男は大会中に何度も離席してたの?
名無しの290
:>>289 分からん
名無しの291
:>>289 証拠はないと思う、だからグレーやね
名無しの292
:不正してたんなら厳しく罰しないとな
名無しの293
:なんか裏切られた感じー
名無しの294
:てっきり天竜を倒す逸材が現れたと思ったんだけどなぁ
名無しの295
:県大会は降板やな
名無しの296
:東城美香とか来崎夏とか大物揃えておきながら大将が不正かよw
名無しの297
:仲間が可哀想……
名無しの298
:強い味方に囲まれて大将という当て馬にされたのが気に食わなくてついやっちゃったんだろうな
名無しの299
:これ本当だったらヤバくない?今のうちに拡散しといた方がよさそう!
やがてこの噂は少しずつだが燃え広がっていき、一週間もするころには他所へと拡散されるまで火の手が上がっていた。
初めはただの噂程度に考えていた者も、まるでそれが真実と言わんばかりの大衆の意見に流されて、その者もまた真実を偽装し始める。
匿名という場所だからこそ少数は多数に打ち勝てず、正論は暴論によって統治される。
「……アハハハッ!! ざまぁないわね!」
嘲弄と嘲笑が渦巻く感情の中で、この事態の元凶である女──明日香は心底愉しそうに嗤っていた。
──ただひとつ、決して喧嘩を売ってはいけない相手を知らずに。
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