第五十一話 自滅帝『十段』になる

 人がAIを越える唯一の瞬間がある。


 それは人の感性や感覚から導き出される大局的な一手。いわば『勘』である。


 人の持つ知識の外側で行われる即時的な判断力、第六感とも呼ばれるこの信用に値しない能力は、それまでの経験や技術によって正確性が変化する。


 かの天才棋士がほんの一瞬AIを越えたように、我々アマチュアもまたその可能性を秘めている。


 将棋は実力を持って制する競技だが、目の前に存在する局面の最善手は例えどんな者であっても指すことが許される。


 より実力を持った者が、より正解に近い一手を指せるだけのこと。ただそれだけである。


 極限まで研ぎ澄まされた集中力は、その瞬間で確かな正解を着手した。



 名無しの774

 :本気で詰ます気なんか!?


 名無しの775

 :はっやなんだこれwww


 名無しの776

 :1秒で10手くらい指してて草


 名無しの777

 :人間卒業試験か何か?


 名無しの778

 :自滅狩りも早いが自滅帝がその倍くらい早い


 名無しの779

 :人外同士の戦いやめろw



 俺は受けている間に考えていた自滅狩りの詰みパターンを全て読み切り、頭の中で組みあがった手順を高速で再現していく。


 王手、王手、王手、王手だ──。ただひたすらの王手が自滅狩りに襲い掛かる。


 悪手だったな、自滅狩り。お前の勝ち筋は時間攻めをせずに純粋に俺を倒す、ただそれだけに徹することだった。


 目の前の勝機に目がくらんでいるようじゃ、今の俺は倒せない。これは将棋戦争だが、俺達がやっているのはあくまでも"将棋"だ。


 残り時間3秒、目の前に迫る切れ負けの敗勢。


 だが、俺はここからでも詰ますぞ、自滅狩り──。



 名無しの780

 :残り1秒!!!


 名無しの781

 :あと1秒!!


 名無しの782

 :1秒しかねえええええええ


 名無しの783

 :あああああああああああああああああああああ


 名無しの784

 :うあああああああああああああああwwww


 名無しの785

 :0秒wwwwwwwwww


 名無しの786

 :0なっとるwwwwwwwww


 名無しの787

 :こええええええええwww


 名無しの788

 :ああああああああああwwwwwww


 名無しの789

 :きめ、きめ……


 名無しの790

 :頼む勝ってくれえええええええええええwww



 瞬きすら忘れるほどの刹那の攻防、それは光より速く、鬼神より強く、止まることのない剣戟が小さき盤上で繰り広げられる。


 そして、波打った心臓の音が何よりも遅く感じる中、俺の手はついに止まった。


 ──『勝利』──


 俺の画面には、そう表示されていた。



 名無しの791

 :決めたあああああああああああああああああああ


 名無しの792

 :かったああああああああああああああああああwwww


 名無しの793

 :よっしゃあああああああああああああああああwww


 名無しの794

 :詰ましたあああああああああああああああwwww


 名無しの795

 :うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお


 名無しの796

 :うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお


 名無しの797

 :きちゃあああああああああああああああああああ


 名無しの798

 :マジかよ自滅帝www


 名無しの799

 :かったあああああああああああああああああああああ


 名無しの800

 :自滅帝勝ったああああああああああああああwww


 名無しの801

 :自滅帝勝ちやがったwwwwwwwwww


 名無しの802

 :うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!


 名無しの803

 :なんか急上昇ランキング入ってるけど、これ何の騒ぎ?


 名無しの804

 :きたあああああああああああああああああああああ


 名無しの805

 :どうすんのこれwww


 名無しの806

 :きたあああああああああああああああああああああああああああ


 名無しの807

 :うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお


 名無しの808

 :完 全 勝 利 


 名無しの809

 :最強ここに誕生


 名無しの810

 :やっぱ自滅帝なんだよなぁ!!


 名無しの811

 :うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!


 名無しの812

 :誰も勝てないじゃんこんなのww


 名無しの813

 :誰かこのバケモノを殿堂入りさせろww


 名無しの814

 : 帝 王 君 臨 


 名無しの815

 :【速報】自滅帝、将棋戦争で前人未踏の100連勝を達成


 名無しの816

 :ランカー全員戦意喪失ものやろこれw


 名無しの817

 :ヤバすぎwww


 名無しの818

 :えげつない試合だった


 名無しの819

 :過去一ヤバかったwww



 俺は自滅狩りに勝利し、ついに大台となる100連勝を達成した。


(よっしゃああああああっ!!!)


 ……と、周りに聞こえないよう心の中で叫んだ俺は、静まり返った部室内で思いっきり右腕を天につき上げた。


「……真才くん?」

「どうしたんすか?」


 何のことか分からず俺の奇行にポカンとする二人。しかし、来崎だけは俺に何が起こっていたのか分かっていたようで。


「あ、あわわわわ……」


 と猛烈に狼狽えていた。


「何? どういうこと? 説明しなさいよ来崎」

「わわわわわわ……」

「なんか宇宙人みたいになってるっすよ?」

「どういうことなの、真才くん?」


 そうして二人の視線がこちらに向いたので、俺は少し照れ臭そうに告げた。


「えーと、将棋戦争で100連勝達成しただけなんだけど……」

「「はい!?」」


 俺の言葉に東城と葵が同時に声を上げた。


「100連勝ってなに!? 初めて聞いたんだけど! いつ達成したの!? 今!?」

「先輩、人間やめてるっすよ!」


 物凄い勢いで迫ってくる二人に耐えきれず、俺はスマホの画面を二人に見せた。


「ほ、本当だ……100連勝中になってるっす……」

「ていうか待って!? 段位のところ『十段』になってない!?」

「……え?」

「ほ、ほんとっす! ミカドっちの段位が『十段』になってるっす! アオイこんな表記見たことないっすよ!」


 本当だ、いつの間にか段位のところが『九段』から『十段』になってる。


 将棋戦争に『十段』なんてあったんだな。今までずっと『九段』が最高段位だと思ってたから、存在していたことすら知らなかった。



 名無しの820

 :ちょww自滅帝のアカウント『十段』になってるwww


 名無しの821

 :十段!?!?ww


 名無しの822

 :ほんまやwww


 名無しの823

 :将棋に存在しない段位きたああああああwwwwww


 名無しの824

 :十段ってなにwwww


 名無しの825

 :十段なっとるーーー!!!


 名無しの826

 :殿堂入り乙


 名無しの827

 :自滅帝、十段になるwww


 名無しの828

 :これって100連勝したから?


 名無しの829

 :>>828 いや、多分レート3000越えたからだと思う


 名無しの830

 :レート3000越えのバケモノしか十段到達できないのかよww


 名無しの831

 :レート3000とかどうやって到達するねんwww


 名無しの832

 :自滅狩りですらレート2620とかやろ?レート3000とかヤバすぎだろ……w


 名無しの834

 :やっぱ自滅帝って不正してるだろ、普通に考えて十段とかありえないし


 名無しの835

 :>>834 お前さっきの試合みてなかったのか?あんなのAIじゃ無理だぞ


 名無しの836

 :>>834 なお不正してもレート3000は無理な模様


 名無しの837

 :こんな段位を用意した運営も頭おかしいし、実際にそこまでいく自滅帝も頭おかしい



 初めての100連勝、そして初めての『十段』。どちらも記念にするには最高の大台である。


 俺は束の間の喜びを胸に、東城たちと小さなハイタッチを繰り広げていた。因みに無理やりである。


「あのー……」

「?」


 そんな俺達の輪に来崎がぬるっと入ってきた。


「これ言っていいのか分からないんですけど、自滅帝が『十段』になったこと、将棋界隈のSNSで話題沸騰してネット記事になってますよ」

「えっ……」


 来崎に言われて俺はスマホで検索をかけると、速攻で自滅帝の名前がヒットした。


"【速報】ネット将棋のトップランカー『自滅帝』が将棋戦争で100連勝を達成し前人未踏の『十段』に昇格。"


「わーお……」


 なんか軽い気持ちで100連勝挑んでたけど、凄いお祭り騒ぎになってる……。

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