第五十話 刹那の攻防

 戦型は横歩取りから派生して相横歩取りとなる。序盤早々、互いに飛車が動きを見せて両者とも横歩を取った形だ。


 相横歩取りはノーガードの殴り合い。防具も付けずに戦場へ足を踏み入れるようなもの。この戦型を望んで選んだということは、勝利への絶対的な確信があるように思えるだろう。


 自滅狩りは俺をどう見ている──? どこまで先を見据えている──?



 名無しの684

 :お?


 名無しの685

 :お?


 名無しの686

 :悪手?


 名無しの687

 :自滅狩りが定跡外した!


 名無しの688

 :でも評価値ほとんど動いてないぞ!


 名無しの689

 :自陣に飛車を引いたが、これ咎められるんじゃね?



 繰り広げられた定跡はわずか3手で道を外される。


 こちらの用意した舞台に上げられると理解したのか、自滅狩りはそれを拒否して悪手を繰り出す。


 悪手と言っても形勢がこちらに傾いたわけじゃない。元々俺が相横歩取りを選択した時点で形勢はマイナスになっている。相手がそれと同等の悪手を指して形勢を相殺しただけだ。


 だが、それは意味のある悪手。意味のある選択だ。


 自滅狩りの一手で俺は向こうの土俵に無理やり立たされた。向こうだけが知っている定跡の形へと強制的に誘導された。


「……フッ」


 強者との戦いにどこか楽しくなってきて、俺は思わず笑みをこぼしてしまう。


 互いの読み合いが降り積もっていくその刹那、ほんの一瞬だけ相手の深層心理が垣間見える。


 指し手から窺える陽気な笑み、手と手の間隔から伝わる期待と緊張の混在した感情。


 お前も笑っているのか、自滅狩り──。



 名無しの690

 :振った!


 名無しの691

 :自滅帝が向かい飛車に振り直した!


 名無しの692

 :けいぴょんけいぴょん!


 名無しの693

 :自滅狩り三間飛車きたあああああああああ


 名無しの694

 :石田流!?w


 名無しの695

 :自滅帝また振ったww


 名無しの696

 :横歩取りかと思ったら相横歩取りになって、相横歩取りかと思ったら相振り飛車になったwww


 名無しの697

 :どうなっとんねんw


 名無しの698

 :飛車がビュンビュンしてんなw


 名無しの699

 :縦横無尽すぎるwww


 名無しの700

 :なんだこのハチャメチャな戦いはwww



 俺と自滅狩りは互いの思考の果てを読んで、相手の攻めてくるであろう手のパターンを先読みして受けに回る。


 互いに自分の領域を譲らない戦いだ。押し合い、引き合い、ほんのわずかなリードでさえ相手に渡さない指し回し。


 序盤に交換した角を自陣に打ってカウンターを狙い、相手が行うであろう攻め筋を全て跳ね返せる用意をする。


 気付けば戦型は全く別なものになっていた。



 名無しの701

 :あれ?俺らが見てたのって相横歩取りだよなwww


 名無しの702

 :めっちゃ落ち着いた形に戻ってるw


 名無しの703

 :普通の将棋に戻ったwww


 名無しの704

 :なにこれどういうことwww


 名無しの705

 :魔法でもみてるみたいだ


 名無しの706

 :この3分間で一体何があったwww



 一見すれば普通の将棋に見えるが、これまでの過程がなければそもそもこうはならない。


 初めは相手が『自滅流』対策をしていると踏んで定跡勝負に持ち込んだ。それを自滅狩りは利用して横歩取りを仕掛け、俺が自分の土俵に持ち込むために相横歩取りへと戦型を変えた。


 自滅狩りは自分が相手の土俵に持ち込まれていると理解したから悪手を指して定跡を外し、俺はその手に乗らないために初見の形を最短手数で構成させた。


 そこから自滅狩りは俺の手に警戒したのだろう。攻めることをせずにカウンターに構える格好を取り始めた。そうして気が付けば普通の将棋へと戻っていった。


 一見すれば意味のない過程だったように思えるが、ひとつだけ明確に違う点が存在する。


 それは──この形であれば『自滅流』が通るということだ。



 名無しの707

 :動いた!


 名無しの708

 :自滅帝が王様動かした!!


 名無しの709

 :でたこれw


 名無しの710

 :でたよ悪魔戦法


 名無しの711

 :空中楼閣きたーーーーーー!!


 名無しの712

 :自滅帝最強戦法きた


 名無しの713

 :自滅帝ついに本気出したwww


 名無しの714

 :うおおおおお中段玉だああああああああwww


 名無しの715

 :えっ、今の自滅帝ってこんな戦い方すんの?w


 名無しの716

 :不敗の戦法キタコレ!!


 名無しの717

 :未だ一度も負けていない自滅帝の中段玉



 相手が角を手放した瞬間に俺は王様を繰り上げて前へ前へと進軍させる。


 自慢じゃないが、『自滅流』は未だ土がつけられていない。つまり現状だけみれば完全無敗の戦法だ。


 俺が王様を動かした時点で自滅狩りは何かを悟ったのか、それまでカウンターに徹していたはずの形を自ら崩して猛攻を仕掛け始めた。



 名無しの718

 :自滅狩り急に仕掛け始めた!


 名無しの719

 :自滅帝が王様上がった瞬間動いたwww


 名無しの720

 :めっちゃ警戒されてるやんwww


 名無しの721

 :焦ってんねぇ!


 名無しの722

 :自滅帝に中段玉はやらせないという強い意志を感じる


 名無しの723

 :さすがに自滅狩りも対策はしてるっぽいな



 俺の狙いを見切った動きを見せる自滅狩りは、中段一歩手前まで前進した王様を咎めるように上から大量の攻撃を仕掛けてくる。


 物量こそ最強の力だと言わんばかりに五月雨を降らすそれを、俺は真正面から受け止めていた。



 名無しの724

 :いやどこで戦っとんねんwww


 名無しの725

 :王様の頭www


 名無しの726

 :ハゲる!ハゲるって!


 名無しの727

 :自滅狩りの攻勢も凄いが、それを上回るくらい自滅帝の受けがキモすぎるw


 名無しの728

 :当然のように玉頭戦ぎょくとうせんするのやめろww


 名無しの729

 :恐怖とかないんかコイツww



 さすが自滅狩りと言ったところ。俺が自滅流へと組み替える前に仕掛け、こちらの良いようにさせない駒組を即座に行っている。


 俺は王様の真上で戦いを起こすという玉頭戦を仕掛けられてしまい、命を武器にギリギリの攻防を繰り返す。


 ここを突破出来れば入玉を果たして簡単に勝てるのだろうが、自滅狩りがそれを許すとは思えないほどの攻勢を見せている。


 葵の時とは違って城はまだ完成していない。作る前に勘付かれたからだ。自滅狩りの読みはこちらの思惑を全て看破している。


 だが、人の手を読み切るのはお前だけの特権じゃない──。



 名無しの730

 :もう残り時間30秒切ってるぞ!


 名無しの731

 :自滅狩り残り45秒、自滅帝残り29秒


 名無しの732

 :時間攻め来るか?


 名無しの733

 :これもう中段玉無理だろ……


 名無しの734

 :あああああああああああああ……


 名無しの735

 :あっ


 名無しの736

 :あっ


 名無しの737

 :時間攻めだ


 名無しの738

 :自滅狩りの時間攻めきたああああああ


 名無しの739

 :自滅狩り残り44秒、自滅帝残り23秒


 名無しの740

 :うわああああああああああああ


 名無しの741

 :さすがにここからじゃ自滅狩りの王様詰まなくね?


 名無しの742

 :自滅帝まさかの時間攻めされる


 名無しの743

 :え、これマズくね?


 名無しの744

 :おいおい……



 残り時間があとわずかとなり、互いの安定した王様を詰ます詰まさないの思考から、いかに相手を時間切れに追い込むかというゲームへと変わる。


 これが将棋戦争の悪いところでもあり、宿命でもある。


 自滅狩りの指し手はどんどん早くなり、戦場に自ら出てしまった俺の王様を咎めるようにとめどない攻撃が降り注ぐ。


 俺が自滅流を仕掛けなければ、こんなことにはならなかっただろう。



 名無しの745

 :残り時間10秒切った


 名無しの746

 :自滅帝負けそう


 名無しの747

 :これ自滅帝負けるんじゃね?


 名無しの748

 :あああああああああっ……


 名無しの749

 :うわあああああ負けるうううううう


 名無しの750

 :これはヤバイ


 名無しの751

 :自滅帝ついに黒星か


 名無しの752

 :これもうムリだろ


 名無しの753

 :自滅狩り残り36秒、自滅帝残り8秒


 名無しの754

 :オワタ……


 名無しの755

 :さすがにおわったかー



 止まらない時間攻め、受ければ受けるほど無くなっていく残り時間。絶望的な状況に陥った俺は、自滅狩りの猛攻を受ける一方で何も出来なかった。


 しかし、気付いているだろうか。形勢はほんの少しずつこちらに傾いていってることに。


 無論、自滅狩りはそれを理解しているだろう。理解した上で勝てると判断したんだろう。


 だが、その攻めは無理攻めだ。時間を無くそうという意味である程度受けに回される手を指してきたんだろうが、それは俺の時間が切れるという前提を元に織りなす考え方だ。


 俺の持ち時間が減っていく。8秒、7秒と命の削る音を響かせる。


 だが、それと同時に自滅狩りの攻め駒が無くなってきた。


「──そこだ」


 自滅狩りの攻めが切れる一瞬、俺は寸でのところで王様の受けを放り投げた。


 隙を見せたな、自滅狩り──。


 俺はハナから時間での勝利なんて目指していない。俺の狙いは初めから、お前の王様を詰ますことだけだ。



 名無しの756

 :は!?


 名無しの757

 :えっ!?


 名無しの758

 :自滅帝が仕掛けた!!


 名無しの759

 :残り時間6秒!!


 名無しの760

 :間に合うわけねぇだろwww


 名無しの761

 :いやいや、むりむり!


 名無しの762

 :何考えてるんやwww


 名無しの763

 :形勢どうなってるんや!?


 名無しの764

 :指し手早すぎてAIの形勢追いついてないww


 名無しの765

 :ノータイム指し!!!


 名無しの766

 :ノータイム指し始まったああああああああああ


 名無しの767

 :はっや!?


 名無しの768

 :なんだこの速さ!?


 名無しの769

 :はえええええええええ!?


 名無しの770

 :はえええええええええええwwwwwww


 名無しの771

 :爆速やんけwww


 名無しの772

 :これが自滅帝の本当の本気なんか!?


 名無しの773

 :自滅帝ついに覚醒したwww

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る