第二十六話 誰が相手でも初心者と思われる自滅帝
「ちょ、ちょっと東城さん……!?」
「大丈夫? アイツに何かされてない? 嫌なこと言われなかった? 何かされたならアタシが代わりに言ってくるよ!?」
東城は俺に抱き着いたまま、離れるどころか抱きしめる力をより強めてくる。
待ってくれ、俺の心配より突然のハグに脳の処理が追いついてない! ていうか当たってる! めっちゃ柔らかいものが押し付けられてる! あといい匂い……。
……じゃなくて、これはいくらなんでも接触過多すぎるだろ。
「だ、大丈夫だよ。ちゃんと勝ったし何も言われなかった」
「そっか……! よかった! よかったよ……! アタシすっごく心配したんだから!」
「う、うん。それより東城さんこそ大丈夫? ちゃんと勝てた?」
「アタシ? そりゃもちろん! 負けるわけないじゃない!」
さすがだ。明日香の実力を見る限り琉帝道場の面々は相当強かったはず。それを相手にここまで勝利に確信を持てているのだから、やっぱり東城の実力は折り紙付きだな。
……それにしても、いつまでこのままなんだろう。
あの東城とハグできるなんて夢にも思わなかったけど、さすがに公衆の面前過ぎて恥ずかしくなってきた……。
「東城先輩~?? いつまで真才先輩とそうしてるつもりですか~??」
気が付くと、来崎がムスッとした顔でこちらを睨みつけていた。
「あっ、ご、ごめんね! 勢い余っちゃって! あはは……」
「むぅ……」
なんだか羨ましそうな視線を向ける来崎に、東城は赤面しながら俺から離れた。
個人的にはとてもいい体験ができてうれしいのだが、今の俺は思考が勝負事に偏ってるせいであまり悦に浸れないのが悔やまれるところだ。
そんな俺は大将としてチームの結果報告と勝敗の確認をしていないことに気づき、急いで周りを見渡す。
すると武林先輩が既に受け付けの方に向かっており、俺の代わりに結果の報告をしにいっているのが見えた。
いつも思うけど、あの人豪胆な性格に反して手際良いな。それに報告するのも本当は俺の仕事なのに、何から何までやってもらってるのもなんだか悪い。
よし、今度何か奢ろう。
「えーと、今さらでごめん。結果聞いてもいいかな? 東城さんが勝ったのは分かるんだけど……」
俺は他の面々の顔色を一瞥しながらどうなったのかを二人に聞いた。
他のみんなは既に結果を知っているようだが、俺はまだ知らない。もし負けているようなことがあれば即帰宅になってしまう。
それに、俺や東城だけが勝ってもチーム全体で過半数が負けていたら敗北扱いなのが団体戦。結果以上に勝敗も気になるところだ。
「無事勝てたわよ。うちの高校はこれでも強豪揃いなんだから」
東城がそう言って各々の勝敗の書かれた紙を俺に手渡す。
「あ! 東城先輩ダメ!」
寸前で止めに入った来崎の言葉を聞く前に、俺は渡された紙の中身を見てしまった。
大将 渡辺真才 〇
副将 佐久間魁人 〇
三将 武林勉 〇
中堅 来崎夏 ✕
五将 葵玲奈 〇
次鋒 佐久間隼人 〇
先鋒 東城美香 〇
結果はこのように書かれていた。
「あー、なんで見ちゃうんですかぁ……」
落胆した表情で来崎が言葉を漏らす。
なるほど、来崎だけ黒星がついちゃったのか。
というより、他のメンバーが全員勝っていることに驚きだ。味方の実力を過小評価していたわけじゃないが、強豪相手にもきっちり勝っていくのは仲間として非常に頼もしい。
そう言う意味で言えば、今回の来崎の敗北など些細なことだ。気にする必要はない。
「うぅ……私だけ負けちゃうなんて恥ずかしいです……」
「何よ来崎。アンタはスロースターターなんだから心配することはないわ。それにこれは団体戦。最終的にチーム全体で勝てばいいのよ」
東城が慰めの言葉を返す。
「そうだね。これはチーム戦なんだ。たった1回の負けを気にする必要はないよ」
「ありがとうございます真才先輩! 心にしみます!」
「ちょ、アタシの言葉は無視!?」
そう、これは団体戦、チーム戦だ。勝ち負けで相手を責めるより、一緒に戦ってくれたことに感謝をするべきだろう。
俺だっていつ足元をすくわれるか分からないしな。
「あ、ミカドっち! 戻ってたんすね~!」
葵がスキップしながらこちらに手を振って向かってくる。同時に武林先輩も報告を終えたのか、高笑いしながら戻ってきた。
対局を終えたばかりなのにこの二人はずいぶんと元気だな。
「お疲れ渡辺君! 来崎君は惜しかったな!」
「うぅ……次は勝ちますから!」
「ワハハハッ!! 良い意気込みだ! そしてさっそくだが、次の対戦相手が決まったぞ!」
そう言って武林先輩は受け付けから貰ってきた対戦表を見せてきた。
「──『
聞いたことのない謎のチーム名に、東城が怪訝な表情を浮かべた。
あー……これ別に所属校とか所属道場とかの名前じゃなくてもいいのか。
銀不成というのはその名の通り、将棋で銀を
将棋は自身の駒が相手の陣地の三段目以内にいるとき、そこから動くとその駒を成るか成らないか決めることができる。将棋では一度成った駒は元に戻せないため、かなり重要な選択だ。
銀はその中でも特に成るか成らないかを迷うことが多く、成っても金というほとんど戦闘力が変わらない駒に進化するだけなのでよく悩まれる。
しかも、金は銀と似ているようで役目は全く違う。金がパンチを主体とするのなら、銀はキックを主体として戦う駒だ。
だからこの"銀不成"というのは、自分達は意地でも銀を成らないぞというある種のニッチな癖を持った集団なのだろう。
──言葉を選ばず言うのなら、逆張り集団ともいう。
とはいえ相手は1回戦を勝ってきたチームだ。少なくとも簡単に倒せるような相手ではない。
「うわ、マジかよ。あれ東城じゃね……?」
「うわぁ……最悪過ぎる」
そんなことを考えていると『銀不成支部』の面々がこちらに続々と集ってきた。
彼らは東城を見るな否や落胆し、その隣でいつの間に買ったのか分からないタピオカを飲む葵を見てさらに嫌そうな表情を浮かべた。
「げっ……葵玲奈までいる……」
「こりゃ2~3敗は覚悟しなきゃ駄目か」
「……チッ」
あくまでも
それに、よく見れば彼らは学生だった。
西ヶ崎高校の生徒ではなさそうだが、近場の高校や中学校から集まったメンバーに思える。恐らく通っている道場が一緒だったりするのだろう。
彼らはこちらを品定めするように一人ずつ確認していったあと、俺の顔を見て疑問符を浮かべた。
「ところで先輩、向こうの大将って見たことあります?」
「うーん……?」
少し離れたところから覗き込むように俺の顔を見つめる銀不成支部のメンバー。
「……いや、見たことねぇな。大会でもあんな奴がいたことは記憶にない」
「ですよね!? じゃあ当て馬ってことじゃん! やった~!」
「おいおい、油断するなよ。いくら当て馬でも1級や2級くらいはあるかもしれないだろ」
「さすがに級位者には負けませんって!」
ひどい舐められようである。
いくら認知度がないとはいえ、数年大会に出ないだけでここまでザコ扱いされるとは思わなんだ。
別に明日香が特別というわけではなかった。自滅帝を知らない者は皆揃って俺を当て馬扱いだ。
はいはい、俺はどこでもザコですよ。
いや、そもそも俺から溢れ出る陰キャオーラが弱そうな相手だと認識させてしまうのか? なら今度武林先輩に強そうなオーラを出せる方法教えてもらおうかな。
そんな事を考えていると、中学生くらいの身長をした大将役の男がニヤニヤ笑いながら俺に挨拶をしてきた。
「よろしくおねがいしまーす。あっ、負けても文句言わないでくださいよ? 最近子供に負けたからってイライラして怒る大人が多いんでー。まぁ、あなたは大会出てないらしいので分からないかもですが」
男は戦う前からこちらを嘲笑し、勝ちを確信した表情で俺の前の席に座る。
目上に向かってずいぶんと失礼だな。気概があるのは良いことだが、挑発する言葉は選んだ方がいいぞ、少年──。
「……ああ、そうだね」
俺は静かに息を整えると、盤上が広がる水底に思考を落とす。
そしてゆっくりと目を開いた。
「──負けても文句は言わないようにしよう、互いにな」
再び自滅帝の思考に切り替えた俺は、2回戦を始めるのだった。
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