第十一話 将棋部員(4人)vs自滅帝(ソロ)

 武林先輩から唐突に告げられたお前何者だ宣言に、俺はあっけらかんとした表情を浮かべていた。


「東城君はこれでもうちのエースなんだ。棋力で言えば四段以上はある。中学生の頃に女子主体のアマチュア大会で県大会を優勝したらしくてな。つまりは、全国クラスの人間だということだ」


 全国クラス──それは将棋人口上位1%未満に入る実力を意味している。

 強さを誤認していたわけではないが、東城はそんなにも強かったのか。


「君はそんな東城君を二度も圧勝している。しかもこの残り時間、不正を疑うレベルのとんでもない差だな。相当な早指しをしていると見た。しかも早指しをしながら完璧なまでの精度で指し手を放っている」


 武林先輩は対局時計の設定をリセットしつつ、俺に再度告げる。


「この際だからハッキリ言おう。君の実力はあまりに異常だ。これは五段や六段と言ったレベルのものじゃない。明らかな格上、強豪に他ならない。それも日本トップクラスに匹敵するほどのな」


 面と向かって言われた言葉に俺は怪訝と疑惑の感情を抱いていた。


 だってそうだろう? 俺は既に夢破れた一介のアマチュアなんだ。ネットでしかろくに活躍もできない、末端に位置するよくいる将棋指しの一人だ。


 しかし、武林先輩の中で浮かばれる俺の像はよほど評価に値するらしく、やがて導き出した結論は天上を突き抜け雲の上へと指をさすものだった。


「渡辺君。君はもしや、元奨励しょうれい会員か?」


 その言葉に葵はゴクリと息を呑んで冷や汗をかく。

 そしてそれは俺も同じ気持ちだった。


「……はは、まさか」


 武林先輩の言った奨励会員とはプロ棋士養成機関のこと。全国大会を優勝するような連中がゴロゴロいる、いわば天才集団の巣窟のようなところだ。


 俺がそんな連中と肩を並べられる存在なわけがない。


「俺は過去奨励会の試験を受けて落ちています。だから部長が思っているような実力は持ってませんよ」


 そう、俺は過去に奨励会を一度落ちている。だから奨励会にいる彼らを越える力は持っていない。

 あの時の実力が自分の限界だったのだ。


「まて、それはいつ頃の話だ?」

「……? 試験を受けたのは小学2年生の頃ですけど」


 俺の言葉を聞いた武林先輩は唖然として目を見開いていた。


「小学生だと? そんな昔のことを基準に話しても参考にならん! 小学生の頃の君はそうだったかもしれないが、今の君の実力は明らかに強い。このオレから見ても奨励会クラスは間違いなくあると言えるぞ?」

「いや、さすがにそれは言い過ぎですよ。だって俺ずっと外では将棋指してませんし、家でネット将棋やってただけですよ?」

「ならばそのネット将棋が君を強くしたのだろう!」

「いやぁ……そんなことは……」


 ネット将棋は体に悪いジャンクフードのようなもの。

 手軽で気軽に始められるが、秒読みが無かったり課金でAIが手助けをしてくれたりなど、本来の将棋からは僅かに逸脱している部分がある。


 だからネット将棋ばかり続けていると、棋力が落ちてしまうという噂もあるくらいだ。


 俺は子供の頃に奨励会の試験を落ちてプロの夢が絶たれてから、ずっとネット将棋をやり続けてきた。

 だから今の俺はネット将棋では強いかもしれないが、現実の将棋では強くないと思っている。


 実際、東城に勝てたのも急戦系という相性の良し悪しが噛み合っただけだと思う。


「まぁ君がどう思おうと関係のないことだ! 渡辺君! 君にはこれから1週間あることをしてもらいたい! 本来ならその役目は東城君にしてもらうつもりだったが、どうやら渡辺君の方が適任のようだからな!」


 そう言って武林先輩は長机に将棋盤を4つほど並べて、正面に椅子を4つ、対面に椅子を1つだけ置いた。


 え、なに、なんか嫌な予感がするんだけど……。


「「おつかれさまでーす」」


 そんな時、二人の部員が扉を開けて部室の中に入ってきた。


「お、ちょうどいいところに来たな。佐久間さくま兄弟!」


 そう言って武林先輩は部室に入ってきた男子二人を迎え入れる。

 二人は俺や東城と同じ学年だが、クラスは違う。


 一人は茶髪にちょっとチャラい格好をしている男で、こっちは弟の佐久間隼人はやと。そしてそんな弟の肩に腕をまわして少しダルそうにしている黒髪の男が兄の佐久間魁人かいとだ。


 二人とも顔は似通っていて、武林先輩が言った通り双子の兄弟らしい。


「なんですか部長? もしかして昇段の話ですか?」

「それなら本気出しますよ」


 二人は息ピッタリの様子で昇段の話を部長に持ち掛ける。


 本来、将棋の道場では自身の棋力を明確にするために級位や段位と言ったものが制定される。

 俺の場合はネット将棋がメインだが、そこでも『10級~九段』までの段位が用意されていた。


 それはこの部でも例外ではないらしく、ここにいる部員には全員分の段位が用意されているようだ。

 部室の一番奥に堂々と晒されているホワイトボード。そこに各部員の段位が記入されていた。


 まずは部長である武林先輩。この人とは当然まだ戦ったことはないが、『三段』のところに名前が書かれていた。


 そして東城は恐らく一番強いことを示すために一番右端に置いてある『五段』のところに名前が書かれていた。


 葵はその隣の『四段』に名前が書かれている。そしてもう一人知らない名前の子が葵と同じ『四段』のところに書かれていた。


 俺は昨日入ったばかりだが、その時に葵と武林先輩から『初段』認定を貰ったので『初段』のところに名前が書かれてある。


 そしてこの佐久間兄弟は『二段』のところに二人仲良く名前が書かれてあった。


 いずれ大会に出るメンバーとはいえ、全員が段位持ちの『有段者』という枠に収まっていること自体はかなりレベルが高いことを示している。


 少なくともこの部に初心者と呼べる人間は俺くらいしかいない。この部にいる人全員が格上だ。


「昇段か、そうだな。今から行う対局で勝てたら昇段を考えてもいいぞ」

「本当ですか!?」

「言質取りましたからね?」


 佐久間兄弟は昇段できると知ると、やる気に満ちあふれた様子でカバンを置き、長机を挟んだ4つ並べてある椅子の方に座る。


「にゃはは~これは楽しそうなことになりそうだね~!」


 葵もワクワクした様子で4つ並べてある椅子に座り、子供のような無邪気さで駒箱から駒を取り出し始めた。


 俺もそれにならって4つ並べてある椅子の方に座ろうと足を向ける。


「渡辺君、何処に行くのかね?」

「え?」


 寸前、武林先輩に肩を掴まれた。


「君はこっちだぞ?」


 そう言って武林先輩は俺を葵たちとは反対側の椅子に座らせて、そのまま武林先輩は4つある椅子の方に腰を下ろした。


「どうかね、絶景だろう? オレ達を前にする多面指ためんざしは」

「え? え……?」


 俺は訳も分からず困惑の声を上げた。


 多面指しとは、格上の指導者が格下のその他大勢に対して『一vs多』で行う指導対局の事である。

 つまりは学校の先生と同じ、大人数に対してこちらはたった一人で指導を行うということだ。


 俺は全身から滝のような汗が流れ始める。


 この状況、この人数、まさか俺が今からすることって……。


「今から部長であるオレを含めたこの4人相手にハンデ無しの平手で戦ってもらう! 制限時間は40分の30秒。もしもここにいる全員に勝つことができたなら、今日から君は『三段』に昇段だ!」

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