9.『ある日スマホが、メイド言葉で話しかけてきた。3/4』

 夢中で自転車を走らせると、その森までは案外すぐに着いた。

 森の入り口に自転車を停めて、落ち葉に覆われた道とも言えない道を進んでいく。


(あれ? 俺……この森に来たことがあるような気がする)


 なぜかそんな気がして、このまま進めばログハウスがあるような気がして、そこに行けば、あかりに会えるような気がして。


 俺はそのまま、まだ薄暗い森の中を進んでいった。


(あった……)


 そこには本当にログハウスがあった。けれどそれは、廃墟になったような、人気のない、ログハウス。朽ち果てた立ち入り禁止のテープが、ログハウスを囲むように落ちている。


 瞬間。俺の中に何かの記憶が蘇る。俺は、やっぱりここに来たことがある。わくわくしながら、楽しみにしながら――好きな子に、会える気がしながら。確かに俺は、ここに来たことがある。


 なのに今――わくわくしていないのは、なぜなんだろう。あかりに……会えると思って来たはずなのに。会いたいと思って来たはずなのに。


 心の奥の方で、引き止める自分がいる気がする。


 ――ギギギギギィ


 俺は扉を開けた。瞬間。


「う、わああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」 


 一気に脳内に過去の記憶がフラッシュバックして、俺は悲鳴を上げ、その場にしりもちをついた。襲い来る恐怖心と、絶望、喪失感、……そして、後悔。


 目の前に広がっていたのは……古くなった血が、天井まで飛び散った、誰もいない暗い部屋。それはかつてそこで凄惨な殺人事件があったことを物語る現場だった。



 俺はすべてを思い出した。



 その時、ここで殺されたのは……その子の名前は、あかり。


 黒髪のツインテ―ルに、ぱっちりとした瞳、くまのぬいぐるみが大好きな、可愛い、女の子。


 当時俺が密かに好きだった――クラスメイト。


「あ……かり、あかり、あかり……ああああああ!!!!!!」


 俺は彼女の名前を叫びながら、その場で頭を抱えて泣き崩れた。


 するとふわりと何かに包み込まれるような感覚がして、耳元で可愛い声がした。


《……やっぱり、後悔してる?》


 それは、さっきまでスマホから聞こえていたはずのあかりの声だった。


 けれどそれは、幻聴かと思うほどぼんやりとした、微かな声。


《でも……私はずっと、また会いたかったんだ。あの日から、ずっとここで、廉也れんやのこと、待ってたから……》


 そして俺の呼び名は“ご主人様” ではなく、俺の、本名、廉也になっていた。


 ――俺の目からは、静かに涙が零れた。


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