2.手に入れた女神スキル

 



 まるで意味がわからないバグ表示されたスキル。


 そんなものを習得したせいで、すぐ近くで見物していた貴族の子弟たちが大騒ぎし始めた。



「ガ……ンセ……キソウゾウ? ――岩石創造だぁ!? ギャ~~ハッハッハッハッ。なんだそのスキル! こいつは傑作だ! 岩でも作り出すってか!? 代々竜騎士の家系であるラーデンハイドがかっ?」



 この国の宰相でもあり五公爵家の一人でもあるリッチ公爵家の嫡男レンディル・リッチが腹を抱えて大笑いし始めた。

 奴とはこの数年間、イリスレーネを巡ってを繰り返してきたから、ここぞとばかりにコケにしてくる。



「ですがレンディル様、ある意味、奴にはお似合いなんじゃないですかぁ? 竜に乗って岩作って上から落とせばいいだけなんですから……くく、まさにクソ雑魚岩石攻撃」



 ニヤニヤしながらそう告げる取り巻きの少年に、レンディルが相づちを打つ。



「だなぁっ……クク。んでもって、自分で作った岩に自ら押し潰されてミンチになるってか! ギャハハハ……! ホント、クソだせぇあいつには似合いのスキルだぜっ」



 レンディルは一人、狂ったように笑いこけていたが、



「――だがな」



 と呟き、やおら、真顔となって俺を睨んできた。



「そんなクソみてぇなスキル授かるってことは、普段からてめぇが女神様を冒涜してたって証拠だ――このクソ恥知らず野郎が。筆頭竜騎士が呆れてものも言えねぇぜ」



 勝ち誇ったようにそう罵ってくるレンディル。

 それに同調するかのように、周囲にいた取り巻き連中まで揶揄し始めた。



「だなっ。てめぇみてぇなのが、守護竜ジークリンデの契約者にして最強の称号である白焔の竜騎士とか、笑えねぇ冗談だぜ」

「つーかさ。女神様に楯突いたんだから、いっそのこと、国家反逆罪で今すぐ処刑しちまうってのはどうだ?」

「いやいや、さすがにそれはやり過ぎだろうさ。称号剥奪した上で国外追放が丁度いいんじゃねぇのか?」



 その場にいた貴族の御曹司たちすべてが右倣えして一斉に嘲弄し始めた。


 奴らはレンディル同様、すべてがラーデンハイドの敵対勢力だった。

 おまけに、常日頃から俺に対して敵意剥き出しの連中でもあった。


 何しろ、すべての竜騎士の目標である筆頭竜騎士――即ち白焔の竜騎士の称号を俺が幼少期に授かってしまったからな。


 だから奴らは、同じ竜騎士の家系の人間として、あるいは同世代の若者として俺を妬み、隙あらば蹴落とそうと手ぐすね引いて待ち構えていたのである。



 しかし――



 俺は罵詈雑言の嵐を浴びても、露ほどにも屈辱的な気分を味わうことはなかった。

 なぜなら、



「やばい……」



 全身から噴き出す冷や汗と共に、俺の脳裏に浮かんだのはただ一つの未来だった。


 幼き日に見た、クソスキル授与が原因となって転落の人生を歩む未来。


 習得したスキルは『調理スキル』ではなかったが、こんなバグ表示されたスキルを手に入れてしまったら、本来の歴史以上に悲惨な結末しか訪れないのは自明の理だった。


 それが証拠に、バグ表示されたのをいいことに周囲の者たちが皆一様に『岩石岩石』と連呼している。



「あれだけ努力してきたっていうのに……やはり未来は変えられなかったってことか……?」



 茫然自失といった体で一人呟く俺。

 やれることはすべてやってきた。

 筋トレ、剣術、槍術も手を抜かずに日々鍛錬し続けてきた。

 筆頭竜騎士として、竜操術の訓練も怠ることはなかった。


 白焔の竜騎士となったことで、それまでは不可能だったジークリンデとの会話もできるようになったから、彼女との交流も盛んに行ってきた。



 ――だけど、結局はすべてが無駄だったか……。



 あとできることといったら、来るべき日に備えて、今まで以上に金を貯めておくことぐらいか。

 そうすれば少なくとも、追放されても野垂れ死ぬことはないだろうから。


 俺はぼ~っとしながら、イリスレーネを見た。


 彼女は遠くから俺のことを見ていたが、視線が合うとすぐに顔を逸らし、そのまま大臣や侍女たちを引き連れて姿を消してしまった。


 その際、口元に微かに笑みが浮かんでいたように見えたのは気のせいだろうか?



「――フレデリック」



 ショックから立ち直れずに跪いたままだった俺に、親父が声をかけてきた。



「話がある。すぐに屋敷に戻る準備をせよ」



 無表情に言う父の顔を見て、「あぁ、そうか」と、俺は一人納得してしまった。



『未来視通り、縁を切られるのか』と。




◇◆◇




 家に戻るなり、兄貴に罵詈雑言を浴びせられた。

 長男である兄グラークとは昔からそりが合わなかった。


 元々兄貴の性格が粗野で横暴だったということもあるが、一番の原因が俺にあるのはわかっていた。


 何しろ、十歳になったばかりの頃に、親父でも不可能だったジークリンデの契約者に俺がなってしまったからな。


 しかも、これがきっかけとなり、親父が歓喜して俺に家督を継がせると言い出したのだ。

 当然、嫡男である兄貴が黙っているはずがない。


 そういったわけで、あの日以来、俺たち兄弟仲は最悪となってしまったのである。



「たくっ。何が岩石創造だっ。てめぇはラーデンハイドの名に泥を塗ったも同然なんだぞっ? そのことわかってんのかよ!?」



 家の扉を潜ってすぐの玄関ホールに入るなり、いきなり突き飛ばされた。

 不意を突かれたせいで、思わず床に尻餅をついてしまう。



「止めなよ、グラーク兄さん!」



 すかさず弟のクラウスが駆け寄ってきて、俺を抱き起こそうとしてくれる。しかし、グラークの怒りは収まらなかった。



「うるせぇ! 関係ねぇてめぇはすっこんでろっ」

「関係ないわけないだろう!? 俺たちは兄弟じゃないかっ」


「ハッ。何を言い出すかと思えば。兄弟だと? お前はいざ知らず、フレッドのことなど、ただの一度たりとも兄弟だと思ったことなどないわっ」


「はぁ!? 何言ってんだよっ。グラーク兄さんは忘れたのかよっ。三人で力合わせて仲良く暮らせって、母さんに言われたことを!」



 俺を庇うように顔を真っ赤にしながら兄貴に楯突くクラウス。


 弟が言う母さんの言葉とは、俺たちがまだ小さかった頃に病気がちだった母が死の間際に遺した最後の言葉だった。


 残念ながら、母さんは流行病に倒れて既にこの世を去っているが、あの人は口癖のように言っていた。


 兄弟で力を合わせて仲良くやりなさいと。

 いつもニコニコしながら、決して怒ることなく優しく包み込んでくれた。


 俺の瞳の色が黒なのも、母さんの瞳が黒かったからなのではないかと言われていた。


 そんな母親が亡くなったとき、クラウスはまだ三歳とかそのぐらいだったから、母さんとの思い出をずっと大切にしてきたのだろう。



「そこまでにしておけ」



 クラウスの肩を借りて立ち上がったところで、遅れて家の中に入ってきた親父が開口一番、鋭い声色を絞り出した。


 一瞬にして空気が張り詰める。

 兄貴は舌打ちすると、そのままどこかへ行ってしまった。



「クラウス。お前も訓練場にでも行って、稽古をしてくるがよい」

「し、しかし!」



 何かよからぬ気配でも察したのだろう。クラウスは俺から離れようとしなかった。



「クラウス。親父の言う通りにするんだ」

「だ、だけど、兄さん……!」

「いいから行け」



 俺はニヤッと笑って、弟の肩に手を置く。

 クラウスはしばらく迷ったような仕草を見せたが、最終的には頷いて兄貴同様姿を消した。


 俺と親父は弟の姿が見えなくなったのを確認してから、応接室へと移動した。


 室内へと入ってしばらくの間、俺たちは無言のまま立ち尽くしていた。何かを言い出そうとして、少し口を開いては沈黙してしまう親父。


 俺は黙ってその姿を見つめているだけだったが、窓の外を眺めて固まっている親父が何を考えているかなど、すべてお見通しだった。



 ――除籍。



 未来視通りであればそうなる。だが、親父がそれを迷っているのは明らかだった。


 親父は厳格を絵に描いたような騎士だが、それでいて人情に厚いことでも知られている。


 そんな人が、家を守るためだけにあっさりと息子を切り捨てることなどできるはずがなかった。


 俺は、そんな苦悩に喘ぐ親父の姿など、見たくはない。


 こんなことになってしまったが、今も昔も変わらず、俺の中で親父は最高の目標であり、そして憧れの竜騎士だったから。



「親父……いえ、父上。折り入ってお願いがございます」

「あ……? なんだ?」



 眼帯を嵌めた愚直な武神は意表を突かれたように戸惑った表情となる。



「不可抗力とは言え、今回のことはすべて俺の責任です。このままいくと、確実に波乱が訪れます。こう言ってはなんですが、俺のことを理由に、必ずや我がラーデンハイド家を蹴落とそうとする輩が出てくるでしょう。誰とは言いませんがね。ですので父上。俺を……本日をもってラーデンハイドから除籍してください」



 今のところ、本来の歴史に近い形で未来が形作られている。


 だったら、今このときに親父に除籍処分されなかったとしても、いずれは必ず俺は家名を奪われ、称号も剥奪され、やがては国外追放となるだろう。


 ならばもう開き直って先手を打ち、被害を最小限に抑えた方がいいのではないかと思った。


 そうすれば、もしかしたら国外追放は免れないまでも、俺の早死にや、王国滅亡に端を発した世界の終末という未来が覆るかもしれない。


 あるいは、俺自ら切り出した方が、親父の心にも傷が残りにくいだろう。

 そうであって欲しかった。


 俺は非常に晴れ晴れとした気分で親父に笑顔を向けた。

 それに対して親父は細い瞳を一瞬だけだが目一杯開いたのち、すぐに右手で額を押さえ項垂れた。



「――本当にそれでよいのか?」

「構いません。どのような処分でも潔く受け入れます」

「……そうか」



 親父は短くそれだけを言い、顔を上げたときには無表情となっていた。

 そして、一度も振り返らずに部屋を退出していった。

 その際、微かにだが、



「すまん」



 そう聞こえたような気がした。




 ――こうして俺は、ラーデンハイド公爵家から除籍処分となり、更には誉れ高い白焔の竜騎士の称号も剥奪され、ただのフレデリックとして表舞台から姿を消した。


 名目上は、『代々栄えある竜騎士の家系に相応しくない人間だったゆえ、家名から除籍し、使用人の身分へと落とした』ということになっている。


 事実、俺は外へと放逐されることこそなかったものの、公爵家の使用人として厩番の仕事をさせられることとなった。



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