3.兄との確執、始まる審判の時


 


 ――夏が過ぎ、もうじき冬が訪れようとしていた。



 家名を除籍されてから二年の月日が流れていた。

 この間、俺はひたすら厩の掃除やら、馬の手入れに明け暮れていた。


 一応、給金も支給されたが、普通の使用人よりも待遇は悪く、ほとんど金なんて入ってこない状態だった。


 食事に関しては使用人用のものが用意されていたから食うに困るようなことはなかったが、着る服とかそれ以外の生活雑貨を買う金がほとんど入ってこなかった。


 そんなだから当然、貯金もできない。


 未来視の力で見た本来の歴史でも似たような状態だったから、こうなることはわかりきっていたことだが、実際に経験してみると結構辛かった。


 しかし、それでも俺は挫けることはなかった。


 調理スキルではなく、よくわからないバグ表示されたおかしな女神スキルを手に入れることになったが、大幅に歴史が変わったわけではないことから考えると、俺は間もなくこの国から追放されることとなる。


 だからこそ、凹んでいる場合ではなかった。


 やれることはなんでもやり、少しでも自由を勝ち取るための努力をしなくてはならない。


 そして、野垂れ死ぬ未来や、来るべき終末の未来をなんとしてでも防ぐために、最善を尽くさなければならない。


 それが、幼き日から抱いてきた俺の目標だし、何より、こんなおかしな人生を生き抜く糧となっていた。



「おい、フレッド!」



 物思いに耽っていたら、馬房に兄グラークがズカズカ足音鳴らして入ってきた。

 俺は今年で十七歳、兄貴は二十歳になる。



「やぁ、兄貴か。どうしたんだ、こんなところへ?」

「あぁ!? どうしただぁっ? てめぇは誰に口利いてんだ! 俺はラーデンハイド公爵家の嫡男様だぞっ? 生意気な口利いてんじゃねぇ!」



 そう言って、いきなり俺の左太股を蹴り飛ばしてきた。



「ぐっ……」



 女神スキル『黄金の竜騎士』という竜騎士の家系に相応しい最高のスキルを習得している兄貴の蹴りはとてつもなく重かった。


 女神スキルは習得しただけで身体能力が強化されるパッシブスキルが発動されることがある。

 兄貴のスキルも例外なく、その部類の一つだった


 俺はスキルの恩恵を受けた兄貴の攻撃に、思わず立っていられなくなり片膝をつく。

 それに気をよくしたのか、グラークは下卑た笑い声を上げた。



「ざまぁねぇなぁっ。なんでてめぇみてぇな奴が守護竜ジークリンデに選ばれたのかまったくわからんわっ。竜騎士の名門である我がラーデンハイドの名を汚しやがって! 何が岩石創造だよっ。てんで笑えねぇわっ」



 二年前のあの日以来、俺に対する兄貴の嫌がらせは日に日にエスカレートしていった。


 俺は特異な立ち位置の使用人だったから屋敷内で直接顔を合わせることはなかったが、グラークは何かにつけて使用人の待機場所やここへとやってきては難癖つけてきた。


 罵詈雑言だけで済むときもあれば、今みたいに手を出してくるときもあった。


 おそらく、俺のところにちゃんと給金が入ってこないのは裏で兄貴が手を回しているからなのだろう。


 それほどに、俺は目の敵にされていた。



「グラーク兄さん! そこまでにしなよっ」



 兄貴が俺の頭に平手打ちをしようとしたところで、弟のクラウスが走ってきた。



「あぁ!? うるせぇんだよっ。てめぇは引っ込んでろっ」

「そうはいくかよっ。これ以上フレッド兄さんを罵倒することは許されない! 使用人だからって、暴行することは固く禁じられているはずだ!」


「うるせぇっつってんだろうがっ。ぐだぐだ抜かしてんじゃねぇ! こんな奴はもはや使用人でもなんでもねぇ。ただの犯罪者だ! そんな奴、殺したって罪にはならねぇだろうがっ」


「なるに決まってるだろう! それに、フレッド兄さんには城から呼び出しがかかってるんだからなっ」

「あ――?」



 顔を真っ赤に染め上げたクラウスの言葉に、グラークがぽかんとした。


 俺はそんな二人を尻目に『遂に来たか』と、溜息を吐きながら立ち上がった。

 幼い頃に見たあの夢が事実であるならば、今日俺は間違いなく国外追放される。



「クラウス」

「うん?」



 俺は胡散臭そうに顔を歪めているグラークを無視し、弟の肩に手を置いた。



「例のもの、頼んだぞ?」

「え? あ、うん……だけど……」

「なぁに。心配するな。きっとうまくいくさ」



 ――そう。



 きっとうまくいく。いかなければ困る。さもなければ、俺に未来はない。


 必死で変えようと思ったけど変えられなかった未来。

 それでも最大限努力し、がんばってきたのだ。


 自分が幸せになれるように。

 そして、世界が滅びないようにするために。


 俺は兄弟たちに手を振って別れを告げると、屋敷の外で待っていた衛兵に後ろ手に縛られ、登城した。


 そしてそのまま謁見の間に通され、玉座に足を組んで座っていた幼馴染であり女王でもあるイリスレーネの前へ突き出された。


 衛兵に抑え込まれ、無理やり両膝を床につくような格好となった。

 もはや正真正銘の犯罪者だった。



「面を上げよ」



 凜とした甲高い声が辺りに響く。幼い頃からよく聞き知っている彼女の声。


 俺は顔を上げた。


 玉座に座る豪奢なドレスを身にまとった銀髪の少女は――どこか憎しみすら感じる冷淡な眼差しを向けてくるだけだった。



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