第6話 決意

 ダイフクは、なかなかデキるヤツだった。

 ダイフクの嗅覚のお陰で、食べ物の調達は劇的に簡単になった。持っている食べ物であれば、その匂いを使って見つけて教えてくれる。それをオレが取ってくる。探す手間と時間がなくなり、効率が一気に良くなった。


 食料集めの途中で、水源も見つけることができた。

 森のなかを流れる小川。そこでさっそく、近くの石を割って石包丁にして、丈夫な皮でおおわれた果物を半分に切った。中身をくりぬけば、簡単な容器の出来上がりだ。くりぬいた中身はダイフクが美味しそうに食べてくれた。ダイフクが嬉しそうに食べている様子は、見ていて嬉しくなる。出来上がった果物の皮の器をしっかり洗って、それに水を汲んで持っていった。


「トモミん。持ってきた」


 そう報告しながらトモミんの所に行く。

 トモミんはこちらを見ると、唇の前にピンと伸ばした人差し指をつけた。静かに、のジェスチャーだ。言われた通り静かにしながらトモミんのところに近づくと、トモミんの膝で、戦士ちゃんがスヤスヤと眠っていた。トモミんは、戦士ちゃんの頭を撫でながら、優しい眼差しをしていた。トモミん、マジ聖母。

 オレは、ジェスチャーで話をした。


 ──食べ物 置いておく 周りの警戒をしてくる

 ──了解 お願い


 オレはダイフクと、周囲の警戒にあたった。



§



 日は大分傾いてきた。

 森の夜は早い。

 まだ大丈夫、はもう危険だ。

 夜になれば、人間が森のなかに留まるのは危険だ。もちろん、ゴブリンだってそうだ。

 オレとダイフクは周囲の見張りを切り上げ、トモミんと戦士ちゃんの所に戻った。

 ちょうど、戦士ちゃんは目を覚ましたようだった。

 ぼんやりとした瞳でともみんを見ると、「ごめんなさい」と言って起き上がった。

 もう驚く様子はなかった。適応力が高い。良い冒険者の素質があるような気がする。


「お腹すいているでしょう」


 トモミんはそう言って、こちらを見た。

 やっとオレの出番が来た。


「果物を取ってきたんだ。口に合うか分からないけど、食べた方が良い」


 戦士ちゃんは、果物を受け取った。

 それからこっちを見た。


「ゴブリンから食べ物を貰うのは初めて。ありがとう」


 そう言って、一口齧り、ポツリと言った。


「おいしい」


 それから


「──こんなにおいしいなら。みんなにも食べさせてあげたいな」


 戦士ちゃんは、そんな自分の言葉に驚いて、それから力なく笑って。


「私、何を言っているのかな」


 ポツリポツリ。

 涙をこぼした。

 トモミんが、戦士ちゃんの頭を抱き寄せて撫でた。


 戦士ちゃんのことはあまりわからない。でも、仲間想いの良いヤツだってことは、わかった。


「わかんないけどさ」


 オレは言った。


「あんたが思い浮かべたみんなさ。そのみんなも、同じことを思うじゃないかな。お前に食べて欲しいって。だから、それは全部食べなよ。それでさ、明日、みんなでココに来な。そしたらオレ、全員においしいものを食べさせてさるからさ」


 戦士ちゃんは、少し笑って言った。


「──君は、良い人なんだね」

「そうかな? そうなのかも」


 オレは汲んでいた水を差し出した。戦士ちゃんは「これも、おいしい」そう言って、飲み干した。戦士ちゃんが食べ終わり、一息ついたところで、オレは聞いた。


「なんか、切羽詰まってるみたいだったけど。よかったら話してくれないか」

「──お金が。必要なの」


 あー。

 お金か。

 お金かぁ~。


「なんでまた?」

「妹がいるんだけどね。生まれつき体が弱くて。最近は特に調子が悪くて。薬と栄養のあるもの食べ物を買いたいの。でも、なかなか手が出なくて。それで、冒険者の真似事をして」


 儲かるのか、とは聞かなかった。戦士ちゃんの装備を見れば、余裕がないのは、よく分かったからだ。


「じゃあ、一緒にいたあの2人は?」

「年下の友達と、その親友。2人とも最近冒険者をはじめたばかりで、放っておけなくて。一緒に依頼クエストをこなしていたの。あの僧侶の子がララ。それで、斥候スカウトの子がリリィ。特にリリィは初めての冒険だったから。気持ちよく依頼を達成させてあげたかった」

「依頼って、どんな内容なんだ」

「──ごめん。それは、君には言えないの」


 君には言えないって。

 それは、もう答えを言っているのと一緒じゃないのかな。


「じゃあ。ゴブリンの討伐か」

「ごめん」


 だからあのとき、駆け出しちゃんことリリィは、逃げずに戦おうとしたのか。戦士ちゃんも戦士ちゃんで、2人を逃がしたあとに自分一人で戦おうとしたのか。

 なるほど、なるほど。


「ゴブリン討伐は、定期的に依頼される内容なのか?」

「ううん。普段はあまり、依頼としては出ない。でも最近、ゴブリン達が町の家畜や畑を荒らすようになって。それで討伐の依頼が出たの」


 なるほどねぇ。


「色々分かった。話してくれてありがとう」

「こちらこそ、ありがとう。君には気持ちの良い話ではなかったのに」

「別に、そうでもないかな。自分がゴブリンだって自覚も薄いし」

「──君は本当に不思議なひとだね」


 戦士ちゃんはそういうと。


「私はミラ。よろしく」


 手を差し出してきた。

 オレは。


「ヒデだ。よろしくな」


 そう言って手をとった。

 2人で、固い握手を交わした。

 それからミラは、トモミんとも握手をした。


「さて、長居をしちゃったね。私は、町に帰るよ」

「あのさ。オレ、金のことはどうにもできないけど。栄養のあるうまいものを食べさせる自信はあるからさ。明日の昼にでもさ、連れてきなよ。リリィとララと、妹ちゃん。栄養があって、うまいもの、食べさせてあげるから」


 オレの言葉に、ミラは「ありがとう。必ず来るよ」。

 それからまた、「ありがとう」を言って、町に帰っていった。


 ミラの後ろ姿は、木々に隠れて見えなくなってしまった。

 その姿が見えなくなったあとも、心配で眺めてしまっていた。

 オレの頭の中に、ぼんやりとした何かが、もやをかけている。


 ミラの力になってあげたい?

 そうだけど、そうじゃない。

 もっと、なんかこう。

 もやのなかに、答えを求めて手を伸ばし、そして空を掴む。

 ──オレは、何をしたいのだろうか。

 そこに、ダイフクがオレの手に、頭をすり寄せてきた。


「どうした? お腹が減ったか?」

「うん! なにか食べたいっ!」


 ふむふむ。なかなかに可愛いやつだ。

 じゃあ、とびきり美味しいやつを──。

 そこで、「っあ」と声をあげた。


「トモミん。オレ、たぶん分かったわ」

「何が分かったの?」

「オレたぶん、腹が減ってるヤツに、いっぱい飯を食わせてやりたい。なんか、美味しくて栄養のあるもの食べれれば、生き物ってだいたい、幸せなんじゃないかな。だから、──オレは。この能力をうまく使って、困っているヤツに飯を食わせていく!」


 トモミんは「おー」といいながら拍手をしてくれた。

 オレには予感があった。オレの能力は周りを助けるためにある。その能力を使って、困っているヤツに手を伸ばしていけば、きっと世界は、なんか良い感じに変わっていく。そんな予感だ。


 でも課題は多い。

 食料は、森を探索すれば集めることはできるだろう。でも、安全に、安定した食料の確保をできるようにしたい。

 そしてなによりも。自衛のための戦力が必要だ。

 ここは弱肉強食の世界だ。いつだって、なにかに襲われる心配がある。自分より格上の生き物に目をつけられたら面倒だ。

 もし仮に1対1の勝負なら、結構戦える自信がある。でも、1対多数になったときには、勝てる気がしない。

 相手とこちらの数に、かなり差があった場合、厳しい状況になってしまう。数の暴力は、まさに暴力だ。個々の力の差なんて関係ない。どうしようもなく、押し潰されてしまう。

 だから今は、そんな数の暴力に対抗できるように、仲間が欲しい。

 

 ──仲間か。


 解決策がひとつ、頭に浮かぶ。

 ゴブリンだ。

 ゴブリンを仲間にできれば、大幅な戦力アップになるだろう。

 そしてオレは、そのゴブリンが大量にいる、巣穴の場所を知っている。

 だったらもう。

 これはもう。

 やるしかないんじゃないか。


 ──巣穴をまるごと、乗っ取る。

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