第7話 長閑な昼食と叫び

 翌日の昼。

 約束通りに、ミラは来た。

 オレは果物と木の実と、肉を用意して待っていた。みんなを驚かせないように、特にミラの妹を驚かせないように、毛皮のローブを作って全身をおおい、フードを深く被って迎えた。


 ミラとリリィとララ、それに妹ちゃん。4人に食事を振る舞う。

 最初こそ、緊張感と警戒心で食事というよりも、何かの罰ゲームかのような雰囲気だった。だが、リリィが思いきって、最初の一口を食べて、目に星を浮かべながら「おいし~いっ!」と言って、こちらの勝ちが確定した。

 食べ物の力は偉大だった。

 おいしいと分かると、そこからはどんどん食べていった。みんな、ずいぶん腹ペコだったようだ。


 特に妹ちゃんはよく食べた。

 最初は顔色が悪く、食べるのも辛そうだった。でも、食べていくうちに食が進むようになり、血色もよくなっていった。最初の、元気がなかったのがウソのように、明るく無邪気な様子を見せるようになった。

 それを見たミラはそっと席を立って木の陰に行った。きっと嬉しかったのだろう。でも、楽しい食事の席に涙は要らない。だから気を使って、みんなから見えないところにいったのだろう。その様子を見ていたトモミんは、気を効かせてミラのところに向かった。

 オレは残った3人を、全力でもてなした。


「ねぇ。毛皮さんっ!」


 妹ちゃんが話しかけてきた。


「どうして毛皮を着ているの?」

「それはね。みんなをビックリさせないためだよ」

「ミリはビックリしないよ! お姉ちゃんがね、ありがとうを言うときは、顔を見ながらいいなさいって言ってたの。だから、お顔を見せて」


 そういって、ぺこりと頭を下げる。

 良い子だ。

 そんな子の申し出を、無下にするのはかなり気が引けた。オレは、リリィとララの方に視線を向けた。2人は、ちょっと迷ったようだったが、それでも意図を汲んで頷いてくれた。


「じゃあミリちゃん。ミリちゃんがビックリしないように、ミリちゃんの手でゆっくりフードをあげてくれるかな?」

「うんっ」


 オレはミリの前で膝をついた。ミリの前に、頭を差し出す。

 ミリはちょっと緊張したようだった。そして、ゆっくり慎重に、フードを上にあげた。

 フードの影が取り払われ、昼の日差しと、ミリが目にはいる。ミリは笑顔で嬉しそうな声をあげて、飛び付いてきた。


「緑色っ! ミリの好きな色」

「気に入ってもらえたのなら、よかった」


 オレは、ミリの頭に手をおいて撫でてあげる。

 ミリは気が済むまで抱きついたあとに。


「ご飯ありがとう! おいしかった!」


 と言って、もう一度抱きついた。


「ミリちゃんの笑顔を見れて、オレも嬉しいよ」


 ミリを離すと、今度はリリィとララがこちらへ来た。

 ララが、口を「へ」の字に曲げながら話しかけてきた。


「ご飯。おいしかった。ありがとう」

「お腹いっぱいになったならよかった。ミラがみんなに美味しいものを食べさせてやりたいって、そう言っててさ。その意味が分かったよ。みんな、いい仲間だ」

「それは、ミラ先輩が、良い人だからよ。あの人を見てると、背筋が伸びるの」

「あ~、ね。それ分かる! なんかね。ミラの魅力よな」

「──本当に普通に話すのね。目を閉じたら、人間と同じじゃない。あなた、先輩から前世が人間だった、って聞いたけど、本当なの?」

「一応ね」

「おもしろ。死んだときどうだった? 怖かった? 死んだ後ってどうなるの?」

「どうなんだろうな。気がついたら死んでて、気がついたらココにいたからわからないな」

「そうか。残念。でも、思ってた以上に面白そうな人だってことは分かった」

「お互いにな」


 そんな話をしていると、トモミんとミラが戻ってきた。


「ヒデ。今日はありがとう。みんな満足してるみたい」

「気が向いたらいつでも来てくれよ。って、こんな森のなかじゃ、会うのは難しいか」

「それなんだけど、よかったらこれを貰ってくれない?」


 ミラはそう言って、四角いカードを渡してきた。カードには円形が書いてあり、その内側には複雑な幾何学模様きかがくもようが描かれている。魔方陣ってヤツみたいだ。


「これは、互いの位置が大体分かるアイテム。相手のカードに自分の魔力を登録して使うの。このカードに魔力を通すと、その魔力が登録してあるカード、つまり相手のカードが反応するようになる。そうすれば、通話できたり、相手のおおよその位置が分かるようになるの。冒険者の必須アイテム」


 なるほど。スマホみたいな感じか。

 確かに。冒険者にとってみれば、離れた場所でも連絡がつくのはありがたい。それに、おおよその位置が分かれば、捜索する時にも便利だろう。


「通話の仕方は、このカードの下を持って魔力を通す。そうすると、魔力を登録した相手のカードの色が黒から赤に変わる。この状態で相手も魔力を込めると、お互いのカードが青色になる。その状態になると、お互いのカードを通して会話できるようになる」


 実際にミラに説明されながら、手順をやってみた。

 うん。この感じなら使い慣れたものだ。

 これで通話はオーケーだ。


「じゃあ、次に相手の大まかなな場所について。これはカードの上を持って、魔力を込める。それから、相手がいる方に向けると、相手のカードに反応して少しだけ震えるようになる。近ければ近いほど、この振動は大きくなる。これを使えば、連絡が簡単になる。ぜひ、ヒデに貰って欲しい」

「ありがとう。連絡がとれるのは便利だ。ありがたく貰っておくよ」


 オレはカードを受け取った。

 それから、ミラのカードに、オレの魔力を登録しておく。 

 トモミんも、同じくカードを貰っていた。


「今度は食材を持ってくるよ。それに、いつか、ヒデを私の家に招待したい」

「それは楽しみだ。大変だろうけど、期待してる」

「ああ、期待して待っていてくれ」


 4人とそれぞれ別れを交わす。

 4人の背中が見えなくなったのを確認して、オレはカードを眺めた。


「どうしたの?」

「いや。なんでもないよ」


 オレはひとつ背伸びをした。

 ──さて、オレもやるべきことをやっていきましょう。


「ねぇ、トモミん。オレが、ゴブリンの巣を乗っ取るっていったら、笑う?」

「笑わないけど、ビックリするかな。あと、どうやってやるのか聞きたい!」

「──食べ物で」


 オレが渡した食べ物を食べると、色々なことが起こることが、なんとなく分かってきた。

 言葉が通じるようになるとか、健康な体になるとか。

 そのなかでも一番大きい効果が、友好的になってくれる効果だ。


 チビリンとコシリン。

 ダイフク。

 ミラ達。

 

 オレが食べ物を渡したあとに、必ず友好的になっている。

 今まで全員、この例に漏れていない。

 ここまでくれば、もう偶然ではないだろう。

 そして、そうだとすると、オレの作る食べ物は食べ物じゃない。


 ──武器だ。

 それも、伝説級の。


 この武器をうまく使えば、ゴブリンの巣を乗っ取ることも、十分可能だ。

 巣穴のゴブリン達に、食わせて、食わせて、食わせまくる。単純で時間がかかるだろう。でもそのぶん、確実で、予想外の事故は少ないだろう。

 作戦としては、悪くない。

 でも、今は手持ちの食料ぶきが少ない。

 巣穴のゴブリンをすべて仲間にするためには、きっと大量の食料が必要だろう。

 そのためには、安定した食料の収穫が最重要課題だ。

 そう考えると、自然と口の端があがった。


 ──楽しみだ。楽しみで仕方がない。


 食料を安定して収穫できるシステム。

 それが必要だ。

 そして、それを叶える手段を、オレは知っている。

 

 ──だ。


 畑を作るために必要なのは場所だ。

 日当たりのが良く、動物に荒らされにくい安全そうな場所。

 そんな都合の良い場所があるのか?


 ──ある。


 みんなで昼食を食べた、正にこの場所だ。

 この場所の端っこで、土を耕して小さな畑をつくった。

 そこに果物や木の実の種を植え、小川から運んだ水をかける。

 とりあえず今は、これでOK。

 あとは手入れをしながら、育つのを気長に待てばいい。

 この小さな畑から、植えたものが安定供給されるまでの間は、森のなかを駆け回って、食べ物を探さなければならない。

 まぁ。そのくらいはやるつもりだ。

 とりあえず、畑作り、終了だ。


「じゃあ、帰ろうっ」


 そういって、トモミんと2人で、手を繋いで帰った。



§



 帰り道、2人で歩いていると、足音が聞こえた。

 2本の足で走るような足音。

 なにかを急いでいるような、必死さを感じる早さだった。

 それから叫び声。


「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁーーーーー!」


 その悲痛な叫び声に聞き覚えがあった。

 コシリンの声だ。

 森のなかで大きな音を立てることは危険だ。肉食の生き物が、寄ってくるかもしれない。それなのにコシリンは、なりふり構わず叫んでいた。

 何かある。

 そう直感したオレ、声の方に走った。


「コシリン! どうした?」


 コシリンは安心したような、それでいて辛そうな。

 こちらの胸が締め付けられるような、そんな表情をした。


「……妹を、助けて」


 よく見れば、コシリンは全身、あざだらけに傷だらけだった。

 乾ききっていない血もある。

 いったい、何でこんな怪我を。


「その怪我、どうした?」

「拷問。──話せる理由を聞かれて、わからないと答えて」


 話せる、理由?

 ちょっと待って。

 人間の言葉を理解できるゴブリンが、いるってこと?


「誰にだ?」

「王。巣穴で一番偉い、ゴブリンの王に、です」


 聞いたことがある。

 生き物が集団で生活する場合、その集団を統率する統率者ロードがいると。ゴブリンの巣穴に、統率者ロードがいてもおかしくはない。

 

「私がなにも言わないと、妹がつれていかれました。そこで、あなたの顔が浮かんで。──すみません」


 コシリンの肩が震えている。

 きっと後悔しているのだろう。

 オレを巻き込んでしまったことと、何より妹を助けられなかった、自分の弱さを。

 その気持ちは、分かるような気がした。

 オレはコシリンの肩をしっかり掴んだ。


「安心しる。今すぐに助けに行く」


 コシリンは涙で顔をグシャグシャにしながら、膝を折って、なんども言葉にならないグチャグチャな「ありがとう」を繰り返した。


 ありがとうを言いたいのは、こっちの方だった。

 オレは、何匹いるかもわからないゴブリン達全員に、食料を食べさせてこちら側に引き込むつもりでいた。どのくらい時間がかかるかはわからなかったが、それでも確実だったから。

 でも、コシリンの話で状況が変わった。

 ゴブリンを統率する、王がいる。

 ってことは、その王だけ押さえれば、巣穴のすべてのゴブリンを掌握できる。たった一匹のゴブリンに食べ物を食べさせられれば、それで型がつく。

 ひとり分の食料なら、手元にある。

 ゴールが、見えるところまで近寄ってきた。


「行こう! ──コシリンは案内を頼む!」


 そうしてオレ達は、3人で巣穴へと戻った。


 巣穴の中へ。

 そして、──未踏のその奥へ。

 進んでいった。

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