第5話 ドーモ、ゴブリンです

 オレはトモミんに目配せをした。

 トモミんは、うん、と頷いた。

 立ち上がって、戦闘体勢にうつる。

 草むらから出てきたのは。


 ──人間だ!


 身長の低い、ショートヘアの女の子。

 装備が軽装、いや、どっちかというと貧相か。草むらから飛び出しちゃうところとか。いかにも駆け出し冒険者って感じだ。


「ゴブリンっ!」


 そう言ってショートソードを構える駆け出しちゃん。

 口調は勇ましいが、剣先は震えて膝が笑っている。その様子から、怖さも必死さも、ありありと伝わってくる。

 そんなようすは、駆け出しちゃんには悪いが、生まれたての小鹿のようだ。可愛いとは思うし「頑張れ!」と応援したくなってしまう。間違っても、戦おうという気は起きない。

 なので、敵意がないことを示すため、そしてこの殺伐とした空気をなごませようと、オレは喋りかけた。


「ドーモ。ゴブリンです」

「しゃべったー!!!」


 逆効果だったみたいだ。

 駆け出しちゃんは膝から崩れ落ちて、そのへたりこんでしまった。足に力が入らない、いや、足の感覚がなくなったようなしゃがみ方。長時間正座しているとなるヤツだ。初めてだと、意味がわからなくて混乱してしまうだろう。

 駆け出しちゃんは目を回しながら、ぷるぷる震えながら、それでも剣先をこちらに向けたままにしていた。

 怖がらせたいわけじゃないので、申し訳なくなってきた。

 どうしようかと考えていると、木々の間から、別の人間が飛び出してきた。


「いましたっ!」

「リリィ!」


 女の子2人組。戦士と僧侶かな。

 戦士ちゃんはすぐに、駆け出しちゃんの前に出て剣を構えた。僧侶ちゃんは駆け出しちゃんに駆け寄ると、肩を持って立ち上がらせた。その間、戦士ちゃんはビリビリするような、気迫と緊張感とで、こちらを牽制していた。まるで、子猫を守る母猫のようだった。

 戦士ちゃんはそこそこ経験があるようだった。ゴブリン2匹と狼もどき1匹相手に、戦力を見極めて判断しようとしている。

 その判断は早くて正確だった。


「リリィ」

「ひゃ、ひゃい」

「大丈夫だった?」

「──ひゃ、──はい!」

「よかった。私は時間を稼ぐから、ララと一緒に町まで戻って。町の入り口で合流しよう」

「でもっ!」

「怖かったでしょ、リリィ。その怖さを忘れないで。逃げることを忘れるないで。無様でもなんでも、生きて帰ることが最優先。経験を積み重ねていくことが、強くなる近道だから。リリィなら、わかるよね」

「……でも」

「大丈夫。全部、私に任せて」

「──はい」

「じゃあ、行って!」


 そういうと、駆け出しちゃんと僧侶ちゃんの2人は、背を向けて走っていった。

 残った戦士ちゃんは、こちらを見据えて動かない。

 ──なんか、変だ。

 こちらは戦闘の意思を見せていない。だから、戦士ちゃんも逃げようと思えば逃げれるはずだ。なのに、ずっとこちらを見ている。

 さっきの会話も、なんか含みがあった気がする。なにやら事情があるのかもしれない。よくわからない。分からないけど、この戦士ちゃんが頑張っていることはわかった。

 よく見れば戦士ちゃんの剣、手入れこそされているが所々に小さな刃零はこぼれがあった。防具にも細かな傷やダメージがあり、なかなかに痛んでいる。全体的に使い古されてボロボロ、といった感じだ。戦士ちゃんの年齢は高校生位に見えるが、年齢の割りに、苦労を経験しているのではないだろうか。

 そんな戦士ちゃんは、こちらを見据えて、言った。


「──悪いなゴブリン。恨みはない、恨んでくれて構わない。死んでくれ」


 ──なにそれ、カッコイイ!

 モンスター相手に、そんな気持ちで対峙してるの?

 めっちゃ、ええヤツやん!

 なんか、できることなら力になってあげたい。

 まずは、手始めに仲良くなりたい。

 刃ではなく、握手を交わしたい。


 ならば最初にすることは、自己紹介だ。


「ドーモ、ゴブリンです」

「しゃべったー!!!」


 戦士ちゃん、中身は駆け出しちゃんと同じだった。

 いや、もしかするとゴブリンがしゃべることは、犬がしゃべるとの同じくらいビックリすることなのかもしれない。というか、ちょっと前まで、自分も同じリアクションをしていたことを思い出した。

 確かに、結構ビックリすることだった。


「敵意はない。教えて欲しいことがあるんだ」

「──あなた。何者?」

「ドーモ、ゴブリンです」

「ゴブリンは喋らない。冗談も言わない。喋って、冗談を言う生き物をゴブリンとは呼ばないわ」


 確かに。自分でも、オレはゴブリンじゃない! って言い聞かせてたことがありました。ゴブリンじゃないと言われてみると、そんな気もしてきた。

 まぁでも、それは置いといて。


「わけあってこんな姿をしているが、前世は人間だった」

「そんなこと、あるのか?」

「わからん、が、実際ににこうしている。それに、オレだけじゃない。トモミんも一緒だ」

「ドーモ、トモミんですっ!」


 戦士ちゃんの目から警戒の炎が消えて、そのまま灰色になって固まった。額の辺りでパソコンの読み込みくるくるがくるくるしている。


「──つまり2人は、前世が人間だったゴブリン、ということであってる?」

「はい、そうです」

「私に、聞きたいことがあるの?」

「はい、そうです」

「敵意は無いの?」

「はい、そうです」

「そう。分かった──」


 戦士ちゃんはそういうと、長い息をついて。

 その場に倒れてしまった。


 えっ! なになに? 大丈夫なの?

 目の前で急に倒れた人がいたら、どうしたらいいの?

 オレがあたふたしていると、トモミんが戦士ちゃんに駆け寄って、様子を見てくれた。


「気を失っただけみたい。あ、でも、疲れてるのかな。顔色もあんまりよくないみたい。少し寝かしておいてあげよう。ヒデ君は、なにか食べ物をとってきてくれる。あと、できれば水も」

「わかった」


 オレは狼もどきを見た。

 それから、この勇敢な狼もどきの名前を呼んだ。


「ダイフク、行くぞ!」

「おっけーっ!」


 ダイフクは尻尾を振って走り出した。

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