第3話 弱肉強食の世界で

 狼もどきを食べて分かったことがあった。

 ゴブリンの食への本能と消化能力は尋常じゃない。

 美味しそう、と感じたものは何でも食べれた。生肉だろうと問題ない。身体への吸収も、冗談みたいに早い。その結果、狼もどき4匹は、すぐにオレとトモミんのお腹に収まり、吸収されていった。


「あれ? トモミん。なんか、身体大きくなってない?」

「え、あ。ホントだ! ヒデもだよ」


 トモミんに言われて、身体を確認した。

 確かに。枯れ木みたいだった腕に、しっかりとした筋肉がついている。

 まるで乾いたスポンジに水を吸い込ませたように、みずみずしくて張りがあった。


「本当だ、すごっ」


 そういってから、改めてトモミんを見る。

 出るところが出て、引っ込むところは引っ込んでいた。オレはすぐさま目をそらした。それから、剥いだ皮を集めて、トモミんに渡した。


「あ、あ、ありがとぅ。ちょっと向こうを向いててね」


 ともみんはそういうとゴソゴソしはじめた。


「これでオッケー。もうこっち見て良いよ」


 振り向くと、狼もどきの毛皮を、胸と腰に巻いていた。

 残った骨を使って、落ちないようにうまく留めている。


「ハイっ。どうでしょう?」


 トモミんはその場でクルリと回って見せた。

 ほどけて落ちてしまわないか心配だった。そして、ちょっと期待してしまった。

 そこで、やっと気がついた。


「顔、人間っぽくなってる」

「本当? そういえば、ヒデも人間っぽくなってる。なんか中学生くらいに戻ったみたいだね」


 たったそれだけのことが、なんだかおかしくて。お互いに笑いあって。

 それから、洞窟に戻っていった。



§



「ヒデ、ちょっと、あれ見て」


 トモミんがそういって指差した方向を見た。

 その指の先には、洞窟の入り口があり、そこから2匹のゴブリンが出てきた。

 1匹はオレたち位の大きさで、中身の入った大きな袋を重たそうに担いでいる。もう1匹は小柄で、周りをキョロキョロしながら最初のゴブリンの後ろにくっついて歩いている。

 オレはトモミんに言った。


「ゴブリンが2匹で行動するときって、どんな時か知ってる?」

「え? なんだろう。わかんない」

「危険なことをするとき」

「なんで?」

「運が良ければ、1匹帰ってこられるから」

「もっと大人数で行けば良いんじゃないの?」

「そうしないのが、ゴブリンクオリティ」


 そんなこといいながら、2匹のゴブリンをよく観察した。その2匹のゴブリン達には、なんとなく引っ掛かりを感じた。少しして、その原因に気がついた。

 

 ──ああ、そうか。服だ。


 最初のゴブリンは、腰に布を巻いていた。だが、後ろの小さいゴブリンは何も着ていない。もちろんそれは、なんの意味もない、ただの偶然かもしない。でもオレはそれが気になってしまった。

 あの2匹のゴブリンの関係は、なんなのか。

 あの大きな袋の中身はなんなのか。

 どうして片方は腰布を巻いているのか。

 それが分かれば、この洞窟に住み着いているゴブリン達のことが、なにかわかるかもしれない。


「あの2匹、ちょっと気にならない?」

「うん。気になる!」

「じゃあ、追いかけてみようか」


 オレ達は、2匹のゴブリンの後を、こっそりつけていった。



§



 ゴブリン達は洞窟のある崖に沿って、しばらく歩いていった。4、5分くらい経った頃。不意に、肉が腐ったような、すえた臭いがしてきた。進むごとに臭いは強くなっていく。


 ──いったい何の臭いだよ。


 その答えは、到着地にあった。ほとんどが黒っぽいかたまりになっていて、羽虫が集り、足が百本くらいありそうな虫がうにょうにょしていた。

 ここはきっと、生ゴミの捨て場所だ。

 オレは、ちょっと感心した。

 ゴブリン達に、ごみを捨てる、という感覚があることが驚きだった。ゴブリンという生き物は、本当はオレが思っているより、賢いのかもしれない。

 そう思てみていると、ゴブリンは袋を置いて、中身を一つずつ取り出して投げいれた。それは緑の固まりで、人形みたいで。


──ゴブリンだった。


 洞窟のなかで見た、動かない兄弟達を思い出した。

 オレはともみんの視界を遮った。


「──どうしたの?」

「見ない方がいいとおもう」


 でも、ともみんは、オレの腕に手をかけた。


「ううん。大丈夫」


 そういってオレの腕を下げた。

 そうして、その光景を見て「うん。大丈夫」と呟いた。

 弱肉強食の世界。

 負ければ屍。これがオレ達がいる世界だ。

 心に刻んで、その上で、兄弟達に両手を合わせた。

 

 ──ん?


 小さいゴブリンが、高い声を出して叫び始めた。向こうを指差している。そちらに目を向けると、狼もどきが草むらから現れた。2匹のゴブリンの様子を見て、獲物と判断したのだろう。躊躇なく走って、腰布ゴブリンに襲いかかる。腰布ゴブリンは、狼もどきの飛び付きを真っ向から受け、地面に押し倒された。

 噛みつき殺そうとする狼もどき。

 必死に抵抗するゴブリン。

 狼もどきの噛みつきに、腰布ゴブリンは右腕を噛まれた。でも腰布ゴブリンは、腕に噛みつかせたまま、狼もどきの腹を思いきり蹴飛ばし、引き剥がしに成功した。

 狼もどきはすぐに体勢を立て直すと、もう一度腰布ゴブリンに飛びかかった。腰布ゴブリンは、近くに置いた袋を手にとって、ハンマーのように振るい狼もどきにぶつけた。即席の殴打武器ブラックジャック。狼もどきは鳴き声をあげて吹き飛んだ。でもすぐに立ち上がって、獲物に狙いを定める。狼もどきの方に、ダメージはあまり無いようだった。

 狼もどきが走った。

 今度の狙いは、小さい方のゴブリンだった。

 それが分かった瞬間、腰布ゴブリンは走り出し、小さいゴブリンと狼もどきの間に割って入った。そして、自分の腕を盾にして、狼もどきの牙を受けた。


「──っらあぁ!」


 不意に響いた声。

 それが、オレの声だと気がつき、自分でビックリした。

 オレは、声をあげながら、走り出していた。

 そして、腰布ゴブリンの腕を食いちぎろうとしている狼もどきを、蹴り飛ばしていた。

 狼もどきは崖にぶつかり一声鳴いた。それから起き上がって、こちらを見た。


 よく見れば、その狼もどきは、とても痩せていた。

 噛みついたはずの腰布ゴブリンの腕を、簡単にはなしてしまったことから考えても、もう力も出ないのだろう。

 それでも向かってくる。向こうも生きるために必死なのが分かった。


 この狼もどきは、オレがいなければこの腰布ゴブリンと小さいゴブリン達を食べることができただろう。そうして、弱者を糧にして空腹を満たし、生きながらえたはずだった。

 でも、たまたまオレがいた。そして、立場がひっくり返った。

 これが、弱肉強食の世界だ。


 狼もどきはふらふらしながら立ち上がり、オレに襲いかかって来た。小さいゴブリンでもなく、腰布ゴブリンでもなく。間違いなく一番強いオレに、向かってきた。


 ──コイツ、かっこいいじゃん。


 そう思ったオレは、敬意を込めて狼もどきの頭を殴り、気絶させた。


 狼もどきを殴り倒すと、2匹のゴブリンは、甲高い声をあげ続けた。それがお礼なのかなんのかはわからなかった。ただ、腰布のゴブリンは袋の中身を捨てる作業に戻った。小さいゴブリンも、周りを警戒している。


 作業が終わると、腰布ゴブリンは、ごみ捨て場にいる足がいっぱいある虫をつかんで、足と頭をもぎとって、小さいゴブリンに渡した。小さい方は甲高い声をあげてバリバリと食べた。小さいのが喜んでいるように見える。美味しいのだろうか?


 腰布ゴブリンは、今度はゴミの山の中に手を突っ込んで、別の足がいっぱいあるヤツを掴み出した。同じように頭と足をとって、今度はオレに渡した。


「くれるのか?」

「──……! ──……! ──!」


 相変わらず何をいっているかはわからなかったが、食べろと言ってくれているような気がした。オレは、それを受け取った。


「ありがとう」


 そういって、半分にちぎって、半分を渡した。


「一緒に喰おうぜ」


 腰布ゴブリンは、それを受けとると、小さいゴブリンに渡した。どうやら腰布ゴブリンにとって、小さい方のゴブリンは、大切な存在みたいだった。

 まるで兄弟みたいだと思った。


 ──そういえばオレも、小さいときは、強い兄ちゃんが欲しかったんだよな。


 そう思い出すと、目の前の腰布ゴブリンがカッコ良く見えてきて、貰った半分を腰布兄ゴブリンに押し付けた。兄ゴブリンはなにか叫んで受け取らなかったが、問答無用で口の中に押し込んでやった。


「──……が、と」

「え?」

「う──……った」

「おまえ、しゃべるの?」

「……れる──?」


 いや、絶対最初はしゃべれてなかったでしょ。

 ずっと金切り声だったよ。

 急に、どうした……。


 ──まさか。


 オレ、なんかやっちゃった?

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