第2話 夢の果て、憧れの対価
ゴードは急いで店に戻ると、引き出しから魔法陣が書かれたスクロールと、無色透明の魔石を取り出した。
魔石に含まれる魔力を使って、スクロールに保存されている通信魔法を起動する。
「聞こえるか? こちらゴード。魔石研究学会で合っているか?」
『はい。ゴード様。本日はどのようなご用件でしょうか』
「急いで学会の上級研究員に取り次いでもらいたい。要件は言えないが……緊急を要するものだ」
『分かりました。ではしばらくお待ちください』
スクロールから声が聞こえなくなる。1秒2秒と時間が経過するたびに焦りが加速していくのか、その場をうろうろし始める。
しばらく経ち、ゴードが座り込んで頭を抱え込み始めた所、渋い男の声が聞こえてきた。
『ゴード君か? こちらバージェスだ。君から連絡が来るのは珍しいな。新しい技術でも開発したのか?』
バージェス。ゴードが学会に入った頃にお世話になった先輩研究員である。今でも研究が行き詰まったり、新研究の予算申請を手伝ってもらってりしている。
ゴードは久々の連絡が悪い知らせになってしまうことに申し訳なさを感じながら、簡潔に言う。
「冒険者組合に魔石の融合の技術が奪われた」
しばらくの沈黙。
バージェスならきっと、何か良い案を思いつくだろう。
焦りと期待が入り混じり、瞳孔が開き、口角も吊り上がってくる。
『ほう? それでどうするつもりだ?』
「どうするつもりかって、今はまだ……」
『ならこちらとしても手伝う事はできない。この事に対して早めに対策を出さなければ君は学会から排斥されるだろう。開発者が問題を解決する手だてを見つけ出さなければ我々も手伝えない』
返ってきたのは、至極当然な意見だった。ゴードが抱いていた学会に対する甘い期待は現実に打ち砕かれた。
そして、さらにゴードを追い詰める言葉がスクロールから発せられる。
『魔石の融合の技術が盗まれたのであればこちらも公に技術を公開する。戦争の道具になるのも時間の問題だろうからな。今のうちに各国に高値で売ることにしよう。ゴード君はこれを抑止できる技術を開発してくれ』
通信はそこで切られる。最後に放たれた言葉はゴードの心を折るには十分過ぎた。
「どうすれば良いんだよ俺は……」
取り返しの付かない技術を作ってしまった。魔法が使えない人でも魔法が使えるように。より生活が便利になるように。自身の力の全てを魔石に注ぎ、短いながらも人生を歩んできたつもりだ。
「やぁゴード。そんな難しそうな顔をしていたら子供に怖がられてしまうだろう?」
「……ウッセェ。もとから俺はコワモテなんだ」
そこにいたのは大柄な男であった。彼の声を聞いて安心したのか、ゴードの顔は少し綻んだ。
「んー……なんだ。お前がやらかすのは昔からだろ? 森を燃やしかけたこともあれば、隣の家を吹き飛ばしたこともある。危うく俺を殺しかけたこともあるじゃないか」
「今回は規模が違う……割とマジで人類の危機だ」
セノの登場で一瞬明るくなった顔も、これまでの事を思い返して曇り始める。
「今回は何をやらかしたんだ? 魔石の事なんて分かんねぇからご教授してくれると助かる」
ゴードは自分の技術を伝えるべきか迷った後、セノであれば大丈夫であろうと判断したのか、自身の研究を熱っぽく、誇らしげに語った。
「まず、魔石には無属性、火属性、水属性、土属性、風属性、光属性、闇属性がある。それらは傷がつくことで、内包する魔力を開放するんだ」
「それなら俺も使ったことがあるぜ。水の魔石を持ち運べばコンパクトに水分を運べるし、火の魔石であれば敵に攻撃できる。冒険者の必需品だな」
セノの言葉に頷き、肯定の意志を示す。
「そして魔石の魔力を使えばスクロールの起動にも使われたりする。生活によく使われているのは、無属性の魔石の魔力で通信魔法を起動するみたいな感じだな。それと炎の魔石を使えば炎系のスクロールを使えたりと、スクロールに適した魔石を使うことで、魔法が使えない人でもそれっぽいことができる」
ここまで一気に喋って一息つく。
「ここからが俺の研究成果なんだがな。爆発魔法みたいな火属性、風属性、土属性を混ぜ合わせたり、混沌魔法の光属性と闇属性の複合のような、多重の属性のスクロールは、該当の魔力を持つ魔石を複数用意しても起動出来なかったんだ」
「おっと? 天才研究者様はそれを起動できるようにしてしまったと?」
セノが何かワクワクしたような感じで話を聞いてくる。その瞳は子供のようにキラキラしている。
「起動できるようになったんだが……それはあくまでも副産物でね。俺は『複数の属性を持つ魔石』を開発したんだ。例えば火、風、土の魔石は傷つけただけで爆発魔法のような効果が発動するし、光、闇の魔石は、混沌魔法のような効果を発動させる」
「つまり、誰でもお手軽にスクロール無しで習得困難な魔法もどきが使えるようになると?」
「その通りだ」
本来は火と水と風の魔石を使って、室内の環境を操作する魔道具や、土と水の魔石で常に良い状態の土壌を作れる魔道具を作ろうと考えていたと付け加える。
「なるほど。アウトだな」
「とりあえずこれに対応できるように、爆発やら混沌の力を退ける防御系の魔石を考えなければならなくなった。今の無属性魔石とスクロール所持前提の防御魔法は、展開に時間もかかるし、荷物のかさばり具合から不利にしかならない」
「その辺は俺には分からないな……まぁ頑張れよ。そんじゃ俺は最前線の魔石研究者のボディガードをする事にするかな」
すると、セノは部屋の椅子に腰かけてだらだらと過ごし始めた。いきなりボディガードを名乗り出たセノにゴードは顔をきょとんとさせると、セノは飽きれたようにこう言った。
「その技術を独占したいやつがそのうち現れるだろ? 襲われたら危険じゃないか」
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