16:遠距離の中での決心



  浅木が名古屋へ行って一日経った。

 連絡もできないことが春人にとってはただただ心配と不安で、毎日のようにSNSを使って調べてみるが、あまり情報は載っていなかった。

 溜息を吐き、浅木のことを色々考えた。

 今日は仕事が休みで静かに一人過ごしているので、余計気になってちょくちょくネット検索をしているのだ。

 何も情報がないということは事件が起きていないということなのだから、喜ばしいことだと言い聞かせるが、30分もすればまた検索をしている。

 今現在、これだけヤクザ情報を得ようとしているのは、おそらく春人だけだろう。

 そんな自分に大きく嫌気が差し、溜息を吐く。

 そして春人の立場と浅木の立場は、本当に違うのだと実感するのだ。

 普段はただケツモチとして現れる浅木と会話していると、ただの監視役なだけで怖さは感じない。

 しかし実際浅木のいる極道の世界はもっと闇で裏の世界だ。

 浅木は滅多に極道の話はしない。

 しても差支えのない話ばかりだ。

 初めて恐怖を感じたのは自分が河和田組の奴らに殴られたことと、名古屋へ行く前日に少し浅木が話していた、情報漏れのことだ。

 どこから足が付くかわからないから、浅木としては徹底的に慎重になったのだと思う。

 なぜここまで用心するかといえば、敵となったヤクザが小さなところから情報を得て、それを材料にして自分たちが優位に立つ為にやるのだ。

 そう思うとやはり春人のいる表の世界と浅木の裏の世界は違い過ぎるのかもしれない。

 常に相手の弱点探しの世界。

 気を抜くわけにはいかないのだ。

 アキラに言われたことも含め、再び春人は混乱しながら考える。

 考えて春人は浅木に対して答えを出さなければならない。


(現実を考えて俺は浅木との関係を考えないといけないんだろうか?)

 





(う、嘘!?)


 次の日、朝から朝食を取りながらヤクザ情報を検索していると、ドクッと心臓が鳴るような記事が目に入った。

 それは名古屋で発砲事件があったらしい。

 勿論それは〇〇会の幹部△△が××組を襲撃と。

 怪我人はおらず大事には至っていないが、事件となって警察が動いているらしい。


(やっぱり事件が起きてた!)


 再び不安でいっぱいになるが、ふと浅木が言っていたことを思い出した。

 上がしようとすることをみんなが賛成と思わず、反発する輩もいると。

 そしてその反発をする輩もそれなりに覚悟を持ってやろうとしているのだと。

 親の命令を無視してやることは極道の世界ではタブーらしい。

 それ相応の責任は負わされると思うと言っていた。

 でもその反発の流れに浅木が巻き込まれたら?

 いくら浅木は関係なくても、その襲撃に巻き込まれていたら結局同じことなんじゃないかと春人は思った。

 無事を確認したくても直接にはできない。

 色んなことを思考しながら部屋の中でうろうろしていたが、ハッと思いついた。


「小林君に聞けばいい!」


 そう思って一瞬事務所まで行こうとしたが、浅木に絶対に事務所には必要最低限以外は行くなと言われていたのだ。

 浅木としては、春人が事務所(世山組)と関係があるところを他人に見せたくないのだ。

 どこで誰が見てるかわからないので、常にそれは警戒しているのだろう。

 河和田組の時の怪我も、病院には行かなかったのは世間に春人がヤクザと何か関係があると思われたくなくて、敢えて闇医者へ行ったんだと後から教えて貰ったこともある。

 浅木は必死に春人を守りながらも、それでも春人との関係を切りたくない。

 むしろずっと繋がっていたいという、現実と己の願望のギャップがあり過ぎて、春人は色々と複雑な気持ちにもなる。

 とにかく店で小林が来るまで待つしかないと、ぐっと心の中で春人は我慢した。






 8時くらい経った時、小林がふらりと現れた。

 春人は小林を見つけるや否や、慌ててカウンターから出て傍に寄って行った。


「小林君!ちょっと話があるんだけど!」


 春人の勢いに小林はやや面食らう。


「は、はぁ?」

「あ、あのさ」


 そして春人は急に小声になって尋ね出した。


「あ、浅木さん大丈夫だった?」

「え?何がですか?」


 驚いて小林は春人に尋ねた。


「名古屋で襲撃にあったって聞いたけど……」

「……なんで知ってるんすか?」


 小林の声が少し声のトーンが低くなり、春人はどぎまぎする。


「ネットのニュースに書いてあった。多分事件があったのは昨日だよね?」

「……調べてたんっすね」

「そりゃあ、心配だったから……」


 言って春人は急に恥ずかしさが込み上げてきた。

 まさか小林に向かって浅木のことを心配してることを言うつもりはなかったのだ。

 それを聞いた小林は少しニヤリと笑む。


「心配っすか、きっとそれを浅木の兄貴が聞いたら喜ぶだろうなぁ~」

「え!?」


 思わぬ小林の発言に春人は小林を凝視した。


「喜ぶって……それって」

「はい、なんとなく。兄貴は直接言わないんですけど、否定もしないんでそうなのかなって……」

「え、でも、その浅木さんは男だし、その……」


 春人は浅木が同性愛者だと小林が知っていることが驚きだった。


「知ってますよ、兄貴の性癖。偶然昔、色々あった場面を見てしまったんで。兄貴も俺が知ってるの了承済みです」

「そ、そうなんだ……」


 それを聞くと少し春人は少しホッとした気持ちになったが、まだ尋ねたかった答えを聞いていないことを思い出した。


「で、浅木さんとは連絡してないの?」

「いや俺らからはできないんですよ。全ては向こうからの連絡待ちです。よっぽどじゃないと俺たちからは連絡できないんです」

「え……」


 そう聞くと春人は再び不安に襲われる。

 重い表情の春人を目にした小林は、安心させるために言った。


「だから向こうから連絡がないということは、大丈夫だってことだと思いますよ。さっきと同じで、向こうもよっぽどマズイことが起きてなければ連絡もないですから」


 小林にそう言われ、春人は少し納得する。


「……そ、そうだね」

「ハルさんがそんなに心配しなくても大丈夫っすよ」

「うん、ごめん。変なこと急に聞いて」


 俯きながら言う春人に小林は苦笑する。


「はい、ちょっと驚きました。急に問い詰められるからなんだろうと思ったんで」


 苦笑いをしながら春人は返した。


「だってネットニュースにも載るくらいだから、怖くなったんだよね」

「まぁ、大丈夫っすよ。兄貴は悪運強い人なんで」

「そうか……」


 小林が笑顔でそう言い切るということは、ずっと一緒に居たからこそわかるのかもしれない。

 今はそれを信じるしかないと思い、春人は不安を脱ぎ去った。

 でも、と小林は言い始める。


「そんなに兄貴のことを、考えてるんすね?」


 問いかけられ春人は思わず言葉を濁した。


「いや……なんだろう。うん、どうしてかな?」


 恥ずかしさを交えながら笑う春人に、小林は言う。


「そうやって、本気で兄貴にことを考えてくれたこと、兄貴はマジで嬉しいと思いますよ」

「え……」


 思わず名古屋に行く前日のことを思い出した。

 祈願のためにしたキスの後、浅木はしばらく春人を抱きしめたまま離さなかった。

 まるで春人を噛みしめているかのようだった。

 あれはそういう気持ちの表れなのかもしれない。


「兄貴の事、よろしくお願いします」


 そう小林から言われ春人は一瞬戸惑う。


「え?あ、あの……」


 まだ春人の気持ちは踏ん切りがついておらず、はっきりと返事ができずにいると、その様子を見た小林は、少し戸惑った表情になった。


「あ、やっぱダメっすか?兄貴」

「そ、そうじゃなくて……」


 言い訳したいはずなのに言葉が浮かばない。

 そもそも言い訳なんてする必要があるのだろうか?

 ふと、そんな疑問も浮かぶが気持ちがまとまらない。


「確かに俺ら、ヤクザだし……」


 小林は話し始める。


「向き合うには兄貴に問題があり過ぎて、まともじゃないっすもね」

「まともとか、問題とかそうじゃないよ」


 必死に春人は否定するが、どこかで春人は自分が言おうとしていることに疑念ばかりが浮かぶ。

 なんではっきりとした答えを出さないんだろうと。


「いや大きいですよ。ただでさえお互い性癖が違っておまけに住んでる世界が違うし、たまたま借金きっかけで出会っただけなんすから」


 そう小林に順々に言われ春人はハッとする。


「そうなんだよね」

「そうなんです。だから俺、ハルさんを兄貴に押していいか正直迷ってはいるんすよね」


 そう言われると春人も思考が止まってしまった。

 現実と本当の気持ちがずっと戦いを繰り返していて、いったい何が大事で優先するべきなのか、わけがわらなくなっているのだ。


「でもね……」


 突然、春人は考えるより気持ちの言葉が急に出始める。

 そんな自分に春人は自分自身に戸惑った。


「確かに現実はそうなんだけど、それでも魅力のある人なんだよね」

「ハルさん」


 驚きの発言に小林は春人を見つめた。


「一緒に居て楽しいし、何よりもっと彼のことを知りたいと思っている」

「………」

「だから俺ね……」


 そう言いかけると小林にぐっと肩を掴まれた。

 驚き春人は彼を見上げる。


「もういいっす、ハルさん。ハルさんの気持ちわかったんで」

「え?」

「わかったから、泣かないで下さい」

「え!?」


 言われて春人は慌てて自分の目元を手で触った。

 指の腹には涙で濡れているのがわかり、確かに泣いている自分がいたのだ。

 驚き慌てて涙を拭った。


「俺……」


 無意識で泣いていることに小林は複雑な表情で春人を見る。


「理由はわかってるんで。あんまり我慢しない方がいいと思います」

「小林君……」

「気持ちはもうわかっているんじゃないんですか?」


 図星を突かれたようで、春人はそれ以上言葉が出てこなかった。


「それじゃあ俺、今からケツモチの仕事するんでハルさんも仕事して下さい。店、兄貴の分まで守るんで!」


 小林の言葉で春人は静かに頷いた。

 もう答えは出ていたのかもしれない。

 否定しても否定してもどうしても変わることができなかった。

 認めることが少しだけ怖かったかもしれない。でももう、嘘は付けない自分がいた。





 

 ふとプリペイド携帯の日時を見ると、いつの間にか一週間経っていた。

 こっちに来て既に一週間が経ち、浅木は自分の組長の身を守る為にここへ来たが、とりあえず無事に事が終えようとしていた。

 一つ溜息を吐くが、このまま無事に事務所に戻れるまでは気は抜けないと思い、気を引き締めた。

 世山組一行は、ある部屋を借りて一週間滞在していて、そこから今日出る予定になっていたのだ。

 戻ったら春人と話し合いをしなければならない。

 勿論、試験的の付き合いの結果だ。

 それを考えると浅木は溜息を吐く。

 春人は浅木との付き合いをどう思ったのだろうと。

 手を繋いでみたり、抱きしめてみたけど、嫌悪感はなかったらしいが今後ずっとそれができるのか尋ねたことはない。

 キスされたけど、あの意味を聞いてはない。

 もしかして試しにキスされたのかもしれない。

 帰ってくるまで決めなないといけないので、とりあえず確認でしてみたのかもしれない。

 そうなるともう、そろそろ気持ちは決まっているんじゃないか?

 浅木はそんなことをモヤモヤと考えると、更に不安になって戻ることが嫌になる。

 帰らなければ結果も知らないで済む。そしてずっと春人と付き合った状態でいられる。

 本音はどこかで結果を知りたくない自分がいるのだ。

 自信なんてない。春人はどうあがいてもノンケだ。

 頑張ったって体の関係まで考えられるとはどうしても思えなかったのだ。

そんなマイナス思考に囚われていると、


「浅木、帰る準備するぞ!」


 兄貴分に言われ、浅木は慌ててはいと答え、部屋から出ようとしている組長のところまで行った。


「組長、足大丈夫ですか?」

「ああ桂介か、大丈夫だ」


 言って組長の体を支える。

 名古屋の上との話し合いの際、下っ端のある組員が脅しのような襲撃があり、その場を逃げようとした時に組長は転んで少し怪我をしてしまったのだ。

 怪我は大したことはないが、歩くと少し痛みがあるようで、それを浅木は気にしていたのだ。

 大丈夫と言ったがそれでも心配で、浅木は組長の傍から離れなかった。


「桂介」

「はい、組長」

「お前少し変わったな」

「え?」


 突然そう言われ浅木は戸惑った。


「そ、そうでしょうか?」

「なんだ、お前は自分のこともわからないのか?」


 呆れる組長の言葉に浅木は必死に言葉を探した。


「す、すみません。何か組にとってマイナスなことでしょうか?」


 尋ねる浅木に組長はしばらく無言になった。

 やがて浅木の顔をまじまじと見つめ、言う。


「組としてはまあ、ある面マイナスかもしれんな」

「え」


 マイナスと言われショックを受けるが、しかしと言いながら組長は続けた。


「お前自身としては良い面と言えるな」

「良い面?」

「少し血が通った感じに見える」


 独特な表現に浅木はどう返していいかわからず、はぁと言うしかなかった。


「お前は今まで自分の人生を軽んじてるように見えた。自分の動きで自身がどうなろうと構わないと言った感じか。勿論、組に対してはちゃんとやっていたのはわかっているが、それ以外のプライベートはどこか適当というか、重んじていないというか」

「組長……」

「このまま死んでしまっても構わない、そう見える時もあった」

「………」


 組長がこんなに自分のことを見ていたなんて、正直驚いていた。

 いつも頻繁に会えているわけでもないし、一週間に一日か二日会える程度だったのに、そのわずかな時間で浅木の心の動きに気づいていたのだ。


「今はなんというか、日々充実しているようにも見えてな。ここ一週間、お前としばらく一緒にいることが多かったから、余計にそう思った」

「………」


 浅木は黙って組長の話を聞き続ける。

 これ以上自分が口を挟むなんてないからだ。


「好きな奴でもできたか?」


 見透かされたように感じた浅木は、思わず組長の顔から逸らした。 

 それが何よりの返答だと思い、組長は笑った。


「やはりな。そうか、お前が好きな奴ができるとはな」

「……組長、その話はまた改めて。今は帰る準備をしましょう」


 必死に話を逸らそうとする浅木に組長は笑った。


「わかったわかった。では準備をするか」


 ゆっくりとした動きで歩き出し、それを浅木は静かに後ろに付き、ついて行った。

 組にとってマイナスという言葉が気にはなるが、今は早く名古屋から出ることが先決だと思い、それ以上組長に尋ねるのは止めておいた。

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